48歳のギター流しが語る! 夢で食べていく現実の厳しさ

世の中には、才能があってもプロとして生きていくのは厳しい世界があります。その代表格が音楽の世界。どんなに努力しても成功するのはほんのひと握りという、極めて狭き門です。

 

そんな音楽の道を志し、挑戦を続けているのがさとうもときさんです。シンガーソングライターとして活動するかたわら、飲食店などでお客さんのリクエストに応えて演奏する「ギター流し」として生計を立てています。はたして “夢で食べていくこと”はできるのか、さとうさんにその現実を聞いてみました。

大学卒業後すぐに音楽の道へ

――最初に、さとうさんのこれまでのキャリアについて教えてください。

大学進学を期に、北海道から東京に上京しました。教育学部だったので教員免許を取りたかったのですが、途中で諦めてしまい……。ちょっと悩んだのですが、中学生の頃からバンド活動をしていたので、就職はせずに音楽の道に進むことを決意しました。当時はちょうどバブルの頃。周りの友だちはどんどん就職していたんですけど、「俺はしない」って頑なでしたね。

――バブルの時代とはいえ、音楽だけで生計を立てるのは難しいですよね?

そうですね。なので、最初はトラックの配送やビルの掃除、テレアポといったバイトをしていました。その頃は若かったので、昼間に働いても、夜間に作曲なども頑張れたのですが、30歳のときにこれでいいのか悩みが生まれて。それで、比較的収入が安定して、勤務時間にもゆとりがあるタクシーの運転手を始めて、1日働いて1日休み、といったスタイルの生活を8年くらい続けました。

――今は、何かアルバイトをされていますか?

音楽に集中したい気持ちが強くなり、ほかの仕事は辞めて音楽1本に絞りました。ちょうどアルバイトをして食いつないでいたころ、友だちの知り合いにギター流しの人がいたんです。その人からギター流しの道に誘ってもらったのもありますね。現在は週5日、ギター流しの活動をしていて、それにプラスしてシンガーソングライターの仕事で生計を立てています。私の場合、結婚していて妻と共働きだから選べた道でもありますね。

酔った客に絡まれることも……流しの歌手の辛さと楽しさ

――紹介が縁で始めたギター流しですが、始めてみてどうでしたか?

最初に「恵比寿横丁」を紹介してもらい、縁がつながって「有楽町産直飲食街」と神保町の「魚百」という居酒屋の2カ所で流しをしています。1年目のときは知らない人たちの中に飛び込んでいくのでいつも緊張していました。「下手くそ、やめちまえ」って思われたらどうしようとか、考えるのはそんなことばかりでした。

――飲み屋で流しをされてきて、辛かったこともあったのではないでしょうか?

結構しつこく絡んでくる方もいて、そんなときはしんどいなぁと思いますね。「お前のここが良くない」とか「ここが気に入らない」って言われて、歌っている途中から文句を連発されてしまう。歌い終わったらまた説教や文句が延々と続いて、いつまで続くんだろうって……(苦笑)。そういうことが年に何回かありますね。流しとしては7年目なので、そういうあしらいに慣れてきましたが。

――逆に、流しをやっていて良かったなと感じたことはありますか?

あるとき、リクエストが入って歌っていると、横のテーブルのグループも歌に参加して、知らない人同士が仲良くなったのですが、それがきっかけで結婚した人がいたんですよ。わざわざ「あのときに知り合ったことがきっかけで結婚しました」って報告に来てくれました。それがうれしかったですね。

――さとうさんがいなかったら出会わなかったってことですよね。それってすごいことですね!

実は、流しを通して知らない人同士が仲良くなることって多いんですよ。それはすごくうれしいです。あと、1組がリクエストした曲が店全体に広がって、フェスみたいな雰囲気で「ワァー」って盛り上がると、僕もちょっとスターになったような気分を味わうことができます。

 

ほかにも、以前20人くらいのアメリカ人の団体観光客が「何か歌ってくれ」って言うから、「日本語しか歌えないけど」って「リンダリンダ」を歌ったら、サビで大盛り上がりして「ウオオオー!リンダリンダー!」って大合唱していました。その人達は滞在中にもう1回来てくれて、「リンダリンダをやってくれ」ってリクエストしてくれました。国を超えて盛り上がったのは面白かったですね。

1曲500円、1万円稼ぐまでは帰らない

――お店で歌う際、お店との契約はあるのでしょうか?

ある店舗では出張料金として5,000円をいただいていますが、基本的には「来て自由に歌って」という口約束なので、契約はありません。

――では、「1曲ごとのギャラ=さとうさんの収入」になるのでしょうか?

そうですね。ちなみに、リクエストはどのお店でも1曲500円で共通です。価格設定は、流しの仕事を紹介してくれた人の値付けをそのまま引き継いでいます。ただ、ワンコイン価格にすることで、その場にいるお客さんから曲のリクエストをもらいやすい気はしていますね。

――平均して、1日でどれくらい稼げるものですか?

大体、終電までには1万5,000円くらい稼げますが、どうしても厳しいときは8,000円くらいで帰るときもありますね。ただ、基本的には「1万円稼ぐまでは帰らない」って決めています。どの曜日にどこの居酒屋にいるかウェブサイトで情報を公開しているので、僕がいる日にわざわざ足を運んでくれる常連さんもいらっしゃいます。そういう方がいらっしゃると、その日の収入が読めるんですけど、新規のお客さんばかりだと読めないですね。

 

これまで活動していて一番儲かった日は、5万円くらい。1曲500円なので100曲くらい歌いましたね。夜8時から朝7時くらいまでずっと歌いっぱなしで、「もう許してください」ってくらい(笑)。例外としてキャバクラの出張流しでは、一晩で10万円くらい稼ぎました。チップをボンボン出してもらって、ポケットがパンパンになりました。

――1曲もリクエストが入らないこともありますか?

さすがにそれはないです。でも、3時間くらい誰からも声が掛からなかったことはありました。夜が更けるとお客さんもだんだん酔っ払ってきて気持ちが陽気になってくるのか、そこからリクエストが増えることも。そういうときは遅い時間から明け方に盛り返しますね。

――さとうさんはシンガーソングライターとしても活動されていますが、ギター流しとの収入比はどれくらいでしょうか?

年収は400万円くらいですが、流しが8割で、シンガーソングライター2割くらいですかね。シンガーソングライターは大きい会場でライブをすると儲かるのですが、年に数回しかできないですし、CDを作る経費も全部自分で出さないといけないので、結局トントンになってしまいます。CDが売れても月当たり5枚から10枚くらいなので、資金繰りが大変ですね。

音楽で食べていくという幸運を噛みしめる

――最後に、ズバリ「夢で食べることはできるのか」と聞かれたら何と答えますか?

うーん……たぶん多少妥協すれば、食えるんだと思います。ギター流しで収入を得ているという意味では、「歌で食いたい」ことに関して叶ってはいるんですけど、それで良いのかと言われれば、良いとは思っていません。

 

実は、前に音楽事務所の社長がたまたまお店にいて、「お前は何を目指しているんだ?」って突っ込まれたことがあるんです。「歌で食いたいです」って答えたら、「いいじゃん。それで食えてるんだから、何をそれ以上望んでるんだ」って言われました。でも、「自分の歌じゃないんで……」って反論したら、「歌で食えてる奴なんて本当に限られているんだ。歌で稼げているならそれで十分じゃないか」と説教されてしまいました。自分の中では十分とは思えていないのですが、傍から見たら夢で食えてる人なのかもしれない。

 

そういう意味では、自分の曲じゃなくても歌うことで人に喜んでもらって、お金をいただくことができるというのはすごく幸せなことかもしれません。努力が報われずに音楽を辞めて、全く違う仕事をしている人もいるので、自分が音楽を貫いてきたことで、いま食べられているというのはラッキーなことだなとは思っています。

Interview
さとうもときさん
さとうもときさん

北海道出身48歳、シンガーソングライター。振り絞るように歌われる声と力強く核心をついた歌詞、そして夢をあきらめないその姿が同世代を中心に共感を得ている。また、2009年より新世代“流し”の歌手として盛り場で唄いはじめ、新聞やテレビで紹介され注目を集めている。
http://motoki-s.com/

Writer Profile
末吉陽子
末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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