“におい”で稼ぐ石川英一さん「臭気判定士は探偵みたいな奥深い仕事です」
石川英一さん

私たちの日常にあふれるさまざまな「におい」。気分を高揚させたり不快さをもたらしたりと、嗅覚は人間の感受性と切っても切れない感覚といえるでしょう。

 

そんなにおいの測定法は、分析機器と人の嗅覚の2種類があり、後者の国家資格が「臭気判定士」です。あまり耳慣れない資格ですが、2017年度までに計22回の試験が行われ、4,404名が合格しています。

 

この資格試験の第1回合格者である石川英一(いしかわ・えいいち)さんは、「においの探偵」という肩書を掲げながら、フリーランスとしてテレビなどの各メディアにも度々登場しています。その仕事内容や報酬について話を伺ってみました。

個人宅からホテルまで、においトラブル解決に奔走!

――石川さんは臭気判定士として、10年以上のキャリアをお持ちですが、具体的にどのような仕事をされているのでしょうか?

 

たとえば、建物や工場から何らかの臭気が発生して苦情が出たとき、「悪臭防止法」という法律で定められた基準値の範囲内かどうか、においの濃度を測って判断します。その公認オペレーターが臭気判定士です。

 

私の仕事はにおいの測定をベースに、においトラブルを解決することですね。さらに、においにまつわる雑誌の企画、商品開発の手伝いなども請け負っています。最近では、「自宅の臭気を判定してもらいたい」と、個人の方からも依頼をいただくようになりました。

 

――個人から企業まで、依頼主は幅広いのですね。

 

そうですね。いわゆるにおいの成分や濃度でしたら、機械でも分析ができます。でも、分析結果をもとに、においをどう減らしていくか対策まで考えるのが大事。ですから、直接現場に赴いて「原因は何か」「どこからにおいが発生しているのか」を見抜くために、じっくり探ります。これは人間にしかできません。

 

――観察力がものをいう、まさに探偵のようなお仕事! とくに印象に残っている現場はありますか?

 

ある酒造メーカーの案件を思い出しますね。「原酒を入れる瓶がくさいのですが、原因が分かりません」という相談を受け、工場に出向いて瓶詰めのラインを3時間ほど、ひたすらじーっと観察しました。

 

すると、ベルトコンベアから流れてきて、お湯をかけて、ラベルを貼ってという工程なのですが、消毒薬がかからないラインを見つけたんです。そのラインのベルトコンベアを裏返してみると水垢がいっぱい。それが瓶の底にくっつくので、全体が臭くなることが分かりました。

 

石川さんが現場で必ず用いる5つの道具。においの強弱を測る「においセンサー」、ペンチやカッターがついた「万能工具」、軽量でコンパクトな「ライト」、現場の状況を撮影する「デジタルカメラ」。

 

――時間はもちろん、ものすごく根気のいる作業ですね。

 

経験が生かされる仕事でもありますが、とにかく時間をかけて観察しているとだいたいの原因が分かります。ただ、厄介なのは建物全体を調べないといけなくなったときですね。

 

たとえば、ホテルに宿泊していたお客さんから苦情がきたとします。それで、部屋を調べて原因を探ってみても、何ともない。じゃあ次に、空調設備や排水処理設備を確認して……となると、結果的にホテルをまるっと調べることになります。

 

ちなみに、この仕事をするには建物の構造にも精通しておく必要があります。私は3年くらいで、建物の竣工図面を読めるようになりましたね。

 

――においの特定にどれくらい時間がかかるかわからないとなると、トータルの費用見積もりが難しい気が……。報酬はどのように決めているのですか?

 

最初にメールや電話で話を聞くと、およそ何が起こっているか分かります。ただ、実際のところは現場に入ってみないと読めません。2時間から3時間の作業だとして、まず臭気判定士の派遣費用として2万5,000円がかかります。そのうえで、現場での調査作業費用や技術費用を想定して見積もりを作成します。

 

――なるほど。段階ごとに項目を分けているのですね。

 

臭気調査作業費用は、相談を聞いて想定するボリュームによって、最低2万5,000円から青天井になりますね。ざっくりした費用感は、事務所ビルのワンフロアで5万円、マンション3 LDKの一部なら3万5,000円くらいです。

 

こういうと何ですが、現場を想像して勘でつけるしかないといいますか。勘が外れると大変でして(苦笑)。ただ、あまりにも調査に手間がかかることが分かったら、ある程度のところでいったん報告書を提出して区切りをつけて、それから追加作業の交渉をすることもあります。

バイク乗りから臭気の測定器材メーカーへ、勤務していた会社の危機が独立を後押し

――かなり特殊なお仕事だと思うのですが、そもそもなぜ臭気判定士になろうと?

 

大学では法学部に通っていたのですが、やる気がなくて中退したんです。それからバイクにはまってレースにも参加するようになっちゃって。新聞社で報道オートバイの職を得たものの、収入300万円のうち200万円以上レースにつぎ込んでいたんです。

ただ、28歳で結婚することになって、「バイクばかり乗ってるわけにもいかんしな」と思っていた矢先、京都大学でにおいの研究をしていた教授の息子と友達だったことから、「においの業界に人材がいないからどうだ」と誘われたんです。それがきっかけで、臭気の測定器材のメーカーに入社しました。

 

――メーカーではどのようなお仕事を?

 

においを分析する専門業者に機材を納品する営業をしていました。臭気判定士の資格を取ったのは、器材を扱う関係で会社からの強制でした。臭気判定士は稼げない資格と言われていましたから、まさか本業にするとか、ましてや独立するなんて思ってもいませんでした。

 

 

 

――では、独立のきっかけは?

 

一度、同業他社に転職したのですが、業績が思うように伸びず、中間管理職の私が足を引っ張るような状態になってしまったので仕方なく……。ただ、業界が狭いということもあり、8年間の会社員生活でかなり名前を知ってもらえるようになったんです。ある意味、職人のような仕事ですから、人脈もあったのですぐに臭気の調査を頼まれて、せっかくだから独立しようかなと。

 

――独立して以降、どのようなルートで仕事の依頼がきているのですか?

 

私は一切営業をしていないので、完全に業界内のクチコミですね。テレビをはじめメディアにもよく出ているので、「臭気判定士」で検索すると引っ掛かりやすいのもあるかもしれません。

 

あと、調査を請け負っている会社もありますが、個人からの依頼や裁判沙汰になりそうな案件はやりたがらないので、巡り巡って私のところに話がきているのだと思います。

 

――やっぱり、変わった依頼みたいなのもあったりするのですか?

 

そうですね。とあるシャンプーメーカーからの依頼で、10代後半から60歳くらいまで、40人の女性の頭皮を嗅ぐという仕事がありましたね。「日本人特有のグリーンっぽい頭皮のにおいを割り出してほしい」という依頼でした。

 

――グリーンっぽい……? それはまた、難易度の高そうなお仕事ですね。

 

10cm×10cmのアクリルの筒を女性の頭皮において、においが溜まったところでひと嗅ぎするんです。成分をひとつずつ脳内のデータと照らし合わせて、最終的にこれかなというにおいを特定。たとえるなら、オリーブ油にも似たまろやかでうっすら甘いようなにおいで、私にとってはいいにおいでした。おそらくメーカーは、このにおいを除去するシャンプーを作りたかったんでしょうね。

脳の反応が異例すぎる! 訓練によってにおいを感じとる能力が鍛えられた

――ひたすら頭皮のにおいを嗅ぐなんて、想像しただけで苦行です。

 

でも、キツさでいったら、男性20人の脇の下を嗅ぐ仕事の方が上をいきますね。ボディシェーバーの製品化関連の仕事で、「脇毛を剃ることで汗などの汚れ付着を減らし、脇臭気の発生を防ぐ」、その実証実験でした。

 

被験者には片脇をシェーバーで剃って、片脇はそのまま剃らないでいてもらいます。そして入浴してもらい、24時間後に私が一人ずつ脇のにおいを嗅いで、効果があるかないかを評価するという内容でした。

 

――……それはもう何というか、拷問に近いですね。つらくて嫌になることはないですか?

 

ないですね。そういえば、以前テレビ番組の企画で、大脳生理学の先生が私の頭の血流を測って、においを嗅いで脳のどこが反応するのか調べてくれたんです。

 

一般の人は、「いいにおい」で快感の反応、「悪いにおい」で嫌悪の反応を示すので、それぞれ脳の働きがまったく異なりました。それに対して、私は何を嗅がせても反応に変わりがなかったんです。

 

 

――それはもう特異体質なのでは?

 

先生にも超能力者だって言われました(笑)。まあそれは大げさですが、いずれにせよ私の脳はにおいの違いに関係なく、同じように反応しているんですね。

 

私の嗅覚はもともと鋭かったわけではなく、仕事で毎日注意深くにおいを嗅ぐことで感度が上がってきましたから。おそらく仕事で訓練してきた結果なのかなと。だからこそストレスなく仕事ができるんだと思います。

においの困りごとの解決がこの上ない喜びに

――ちなみに、石川さんの好きなにおいってあるんですか?

 

蝋梅(ろうばい)や沈丁花(じんちょうげ)などの花のにおいですね。季節のうつろいを感じてしみじみできるので好きです。

 

あと、いまはもう廃版商品ですが、女子中高生向けボディローションの香りが好きでしたね。なぜなのか分からないのですが、好きなにおいとして記憶に焼き付けられてしまいました。若かりし頃の恋に関係しているのかな。

 

――甘酸っぱい! でも、においって人によって印象が違うから面白いですよね。

 

絶対的な「いいにおい」「悪いにおい」って存在しないんです。ある人にとっては耐え難いにおいなのに、ある人にとっては懐かしさを感じるにおいもあります。

 

すべてのにおいって、突き詰めればただの化学物質ですし、それをいいか悪いか決めるのは人間の感覚と記憶です。つまり、においとは人間そのものってことですね。

 

――深いですね。偶然の縁からいまに至るわけですが、これからも臭気判定士の道を究めたいとお考えですか?

 

そうですね。生涯現役でやれるまでやりたいです。天職というと大げさですが、私にしかできないんだから、やるしかないでしょって思っています。においで困っている人も多いので、私が入ってトラブルを解決に導くと、「ああ~助かりました」「こんなことが原因だったのか。ありがとうございます」って言ってもらえるのが嬉しいんです。

 

この仕事をはじめてから、いろんな人からどんどん新しいことを相談されるので、それがモチベーションになっていますね。あとは、最近においにまつわるエッセイも小説投稿サイトに上げて、いつか名刺に「小説家」の肩書も加えられたら幸せです。

(取材・文:末吉陽子 編集:ノオト)

 

Interview
石川英一さん
石川英一さん

1959年2月北海道札幌生まれ、大学より東京に出てそのまま留まる。既婚、家族はほかに猫一匹。猫アレルギーだったが野良猫を家に居着かせると平気になった。1996年の第1回国家試験で臭気判定士免許を取得。本来の業務とは別に住宅や生活空間でのにおいトラブルを調べるという、誰もやらなかった仕事に挑戦して調査技術を開発。2010年から会社に属さない個人の臭気判定士として活動を開始。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885231834

Writer Profile
末吉陽子
末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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