移動映画館「キノ・イグルー」の有坂塁さん「依頼がなければ収入はゼロのリスクある」

雑貨店やカフェ、無人島など、全国のあらゆる空間で映画を上映する「キノ・イグルー」。上映会の依頼主は、小さな個人商店から大企業、行政までさまざま。ときに食事や音楽と絡めながら、その場所その土地ならではの映画イベントを手掛け、着実にファンを増やし続けています。

 

2003年の設立以来、“移動映画館”という新境地を切り開いてきたのが、代表の有坂塁さんです。そこで、キノ・イグルー発足の経緯から上映会の予算まで、気になる話をご本人に聞きました。

映画館とDVDでの映画観賞以外に“上映環境”の選択肢を広げたかった

――最初に、キノ・イグルーを立ち上げたきっかけについて教えてください。

キノ・イグルーを立ち上げた頃は、ちょうどレンタルビデオ店でアルバイトをしていました。僕はずっと1920年代のフランスで盛り上がっていた特殊な作品の上映会を開催する「シネクラブ」を作りたいと思っていたのですが、2003年に同じ店で働いていた友達が潰れた劇場の椅子や映写機を譲り受けて、東京の外れに35ミリフィルムで上映する20席くらいの小さな映画館をオープンしたんです。そのとき「ここでシネクラブをやれば」って声を掛けてくれて、2003年5月に初めて上映会を実施しました。それがキノ・イグルーの始まりです。

――そのときは、何を上映されたのでしょうか?

トップレアな映画を上映するという趣旨で、エリック・ロメールというフランスの映画監督の作品で『モンソーのパン屋の女の子』と『シュザンヌの生き方』の2本を選びました。トータルで1時間半の上映会でした。

――それから間もなく、映画館以外でもカフェや野外での上映会イベントも始められるようになり、「移動映画館」というジャンルを確立されたわけですが、なぜ移動映画館だったのでしょう?

 

僕は映画の楽しみ方ってもっといろいろあると思っているんです。映画を観る場所って、ほとんど映画館かDVDを借りてきて家で観るかですよね。でも「二択っておかしくない?」って思ったんです。カフェや野外など、映画を観る場所の選択肢を増やしたかった。その先に、僕らの時代ならではの映画の楽しみ方があって、もっといえば映画産業のこれからが見えてくるんじゃないかなと。なので、まずは映画を上映できる環境から作っていくことが大事なんじゃないかなと思って、移動映画館を始めました。

写真提供=キノ・イグルー

映画の視聴回数が少ない人たちにこそ来てほしい

――キノ・イグルーは、有坂さんと中学校時代の同級生の渡辺順也さんのお二人で運営されています。イベントではそれぞれどのような役割を担当されているのでしょう?

僕はシネクラブの主催者として、上映作品のセレクトやチラシのデザイン、告知の方法など企画を立てます。渡辺は僕がキノ・イグルーに誘ったのですが、いくら儲かっても会社は辞めないと宣言していて、基本当日自由参加で手伝うというゆるい感じで分担しています。

――上映会の告知は、どのようにされていたのでしょうか?

当時はSNSが普及していなかったので、フライヤーで人を集めていました。年に1、2本しか映画を観ないライトな層にも来てもらいたかったので、あえて映画館にはフライヤーを置かずに、インテリアショップや美術館、カフェなどに置いていました。デザインはパッと見てキノ・イグルーのフライヤーだと思えるようにシンプルなデザインにしました。

――ちなみに、レンタルビデオのバイトは、キノ・イグルーを立ち上げてからも続けていらっしゃったのでしょうか?

だんだんと忙しくなってきて、割とすぐに辞めました。ただ、この頃はキノ・イグルーとしての収入はほとんどなかったので、時間の使い方を考えようと思って、近所のスーパーでバイトを始めました。朝9時から夕方5時までバイトして、休憩時間も予約メールの確認をしに帰宅して、フライヤーを配りに色々なところに足を運ぶという生活でしたね。

 

ただ、映画館以外の場所で上映するようになって、4、5回目くらいになると、だんだんと「上映会をしたい」と声を掛けてもらう回数が増えてきて。時間が追い付かなくなり、スーパーのバイトは1年くらいで辞めました。

上映会を開催したい依頼主の目的は多種多様

――有坂さんから営業することもあったのでしょうか?

それがなくて、100%受け身なんですよね。声を掛けてもらって、担当の方とお話をして、その場所でしか叶えられない映画の時間を一緒に作り上げていきます。だから依頼がなければ収入はゼロというリスクもある。でも、ありがたいことに、目標としている上映会の実施回数はずっとクリアできています。

――それはすごいですね。ちなみに、クライアントはどのような目的で、キノ・イグルーにイベントを依頼するのでしょうか?

たとえば、個人店だとオーナーさんが映画を楽しみたいからというケースもありますし、企業や行政だと集客の効果を挙げたいからという理由が多いですし、さまざまですね。

 

一例を挙げると、2014年に東京国立博物館の野外で『時をかける少女』を上映した「博物館で野外シネマ」だと、最近博物館に若い人がぜんぜん来なくなってしまって、これから何十年先にきっと大問題になるということで、若い子たちに来てもらえるイベントをしたいということで声を掛けてもらったんです。

――予想を遥かに超える6,500人を集めたという伝説の上映会ですね。

はい。当初は博物館のどこで映画を上映するか決まっていなかったんですけど、屋外なら平成館という場所があって、お客さんが座れるスペースがあるのでどうですかと言われたんですけど、博物館の真正面にしましょうということでお願いしました。

 

屋外の場合、どこにスクリーンを立てるかがすごく重要です。それは、その建物の象徴的な場所だったり、絵になる場所を選んだりすることがブランディングになるからです。特に今は、SNSがあるので、写真一枚でここに行きたいって思われるような絵を考えるのが大切。なので、通りから見える真正面、しかもライトアップされた中にスクリーンがあって、池に反射する様子がベストだと判断しました。さらに映画が面白ければ、より楽しいものになると思うんです。

目標の売り上げはあえて決めない

――上映会の売り上げなどについては具体的な目標を立てていらっしゃるのでしょうか?

目標売上は立てていないし、利益率もあまり考えていません。お金が大事なのはもちろんですが、「この金額でしか受けません」と決めてしまうと、クライアントがお金を持っている企業ばかりになってしまうので、それは避けたいなと。

――では、上映会の予算について上限下限は特に決めていらっしゃらない?

はい、そうですね。企業や行政だと数十万円から数百万円と桁が変わってくるのですが、イベント用の予算があるので、その範囲でイベントを設計しています。有料のイベントもありますけど、公共の場所で上映するとなると、誰でも入れる無料が多いですね。

 

一方、個人店や規模の小さいお店で予算がない場合は、有料イベントにして入場料ベースの予算組みをすることもあります。予算組みはその都度、依頼主の状況に応じて変えています。

――ちなみに、予算の内訳とは?

主に企画料とレンタル料、あとは権利費ですね。たとえば、野外だと白壁があればそこに投影できますが、スクリーンだと設置費が数十万円は掛かります。規模が100人なのか、1,000人なのかでプロジェクターのレンタル料も変わってくる。予算を先に聞いてからできることを探っていきます。

 

あとは、配給会社との権利交渉が必要です。基本的な権利としては、映画館などで上映できる「上映権」と、テレビなどで放映する「放映権」があります。どちらの権利も買っている会社もあれば、上映権は買わずに放映権だけ買っている企業もあります。

 

キノ・イグルーは非劇場的な場所で上映する「非劇場権」に該当する権利を有する映画が対象なので、対象となる映画のボリュームはTSUTAYAでレンタルしているDVDの1割くらいです。権利費も数万円から数十万円と幅広いので、どの映画を上映するかイメージを固めていかないと予算をしっかり出せないんです。

映画にまつわることなら何でも挑戦したい

――有坂さんは個人事業主で確定申告をしていますが、独特な経費はありますか?

僕は、映画館で1日1本観るようにしているのですが、チケット代は経費にしています。依頼があったときに映画の選択肢が増えるので、日々いろんな映画を観て自分の中のストックを増やすことはすごく大事です。あと、映画館に足を運んで空気を感じるのも、時代とズレが生じないようにする上で重要だと考えています。

――最後に、今後の展望について教えてください。

コミュニケーションという意味で映画はすごく力があると信じているので、映画を上映しない映画イベントに力を入れていこうかなと考えています。現在、「あなたのために映画をえらびます。」という1対1の個人面談を1時間3,000円で定期的に開催しています。「写真と絵、どっちが好きですか?」とか「苦手な人はどんな人ですか?」など、カウンセリングのように志向を聞いて、最終的にその人に合う映画を5本選んでカードに書いてお渡ししています。この活動は、これからも20年、30年と続けていきたいですね。

 

映画にまつわる仕事であれば、いろいろなことを決めつけずにまっさらな状態でいようと思っています。この映画を観たいと思ったら観るとか、会いたい人に会うとか、自分のワクワクを積み重ねていたら、人って自然と集まるんじゃないかなと思っています。

Interview
有坂塁さん
有坂塁さん

移動映画館「キノ・イグルー」代表。フィンランド映画界の鬼才アキ・カウリスマキから直々に名付けられた「キノ・イグルー(kino iglu)」、日本語訳で「かまくら映画館」の意。2003年に中学校の同級生である渡辺順也とともに設立。映画館やカフェ、本屋、雑貨屋、学校など様々な空間で、世界各国の映画を上映。映画のイメージにあわせた、コース料理やデザート、ライブ、写真展、イラスト展なども開催し、作品から広がる世界を表現している。
▼キノ・イグルー
http://kinoiglu.com/
▼Instagram
https://www.instagram.com/kinoiglu/

Writer Profile
末吉陽子
末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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