アートの世界は食いっぱぐれない? 市原えつこさんのお金論

大根を触ると、大根がなまめかしく喘ぐ「セクハラ・インターフェース」や、虚構の美女と触れ合えるシステム「妄想と現実を代替するシステムSR×SI」など、数々の独創的な作品を生み出してきたアーティストの市原えつこさん。今年度の文化庁メディア芸術祭では、Pepperに故人の人格や3Dプリントした顔などを“憑依”させた「デジタルシャーマン・プロジェクト」がエンターテインメント部門で大賞に次ぐ優秀賞を受賞しています。

 

ここで疑問が1つ。継続的に活動するには、“先立つもの”が必要です。アートの世界にいる人々は、どうやって軍資金を用意しているのでしょうか。食いっぱぐれることはない? 市原さんに昨今のアーティスト事情を聞いてみました。

「私はエロに対して適性があるのではないか」

――市原さんは美大ではなく、早稲田大学に進学しています。いつからアートに興味を覚えたのでしょうか?

子どもの頃から絵を描くことが好きだったんです。美大に行くことも考えたのですが、普通の大学に進学することと天秤にかけ、悩んだあげく進路から切り落としました。アーティストって食べていけるイメージがないじゃないですか(苦笑)。

 

でも、現代美術には関心があったので、メディアアートや現代美術などを研究対象として扱う早稲田大学の文化構想学部に進学しました。

 

大学2年生のときに授業を担当されていたメディアアーティストの宮原美佳先生と気が合い、授業でICC(NTTインターコミュニケーション・センター)に行ったりワークショップを手伝ったりしていたんです。そのとき、メディアアートの分野がすごく面白いなと思い始めました。

――メディアアートに関心を持ち、それを大根が喘ぐ「セクハラ・インターフェース」のように、日本のエロと結びつけようと思ったのはどうしてですか?

ちょうどそのころ、自分が何をやったらいいのかわからない“表現難民”だったんです。映像制作やコピーライティングなど、学内外でいろんな授業を受け、与えられた課題に対して真面目に取り組んでいたのですが、数あるアイデアを提出する中で、なぜかエロ系の案だけが異様に評判が良かったんです。具体的な内容は恥ずかしくて言えないですけど(笑)。

アウトプットをエロにつなげると高い評価が得られることから、「私は性表現に対して適性があるのではないか」と。それで、エロについてちゃんと調べようと思い、ストリップ劇場へ行ったり、ピンク映画を観たり、熱海の秘宝館へ行ったりしました。

 

特に秘宝館は、日本的なエロと電気仕掛けの組み合わせが死ぬほどくだらなくてカッコよかった。そこで、日本独自の性風習をテーマにしたテクノロジーアートを作ったら面白いのではと思い、ゼミの先輩だった渡井大己さんと一緒に作り始めました。

――大学時代に制作した「セクハラ・インターフェース」で話題になりましたが、メディアアートの世界に進むことは考えなかったのでしょうか?

うーん、なんといいますか、怪しくてきわどい作品ばかりつくっていたし(苦笑)、社会人になったら足を洗おうと思っていました。ただ、ものづくりに関わりたいとは思っていたんです。デザイナーなどのクリエイティブ職は美大を出ていないと足切りをされてしまうので、就活ではITや通信、広告業界の総合職や企画職を受けていました。

 

Yahoo! JAPANを受けるときだけ、たまたま総合職の説明会が埋まっていて、デザイナー枠だったら空いていたのでそのまま選考に進んだら、奇跡的に採用されたという経緯ですね。

自分が企画した作品が賞を受賞……アーティストの道が向いている?

――社会人になってからも、さまざまな作品を生み出しています。やはりアーティストとしての道を捨てきれなかった……?

入社したときは、会社に骨を埋める気持ちでいました。ですので、最初の頃は個人の活動をしていたわけではありません。たまたま社会人1年目の冬に学生時代にお会いしたAR三兄弟の川田十夢さんに再会する機会があり、そのとき「イベントに出ない?」って誘われたんです。イチから何も作る時間がなかったので、「セクハラ・インターフェース」を出したら、それがきっかけでその後も各所からイベントに呼ばれるようになりました。

 

あと、社会人2年目くらいから、仕事に対して悶々としてきて……。インハウスのデザイナーとしての仕事は、世の中を少し便利にする課題解決のために何かを作っていきます。でも、私は先輩たちに比べてその適性や才能がないのではと気づき、やりがいを見いだせなくなってしまったんです。

 

そんなときにたまたま東京都現代美術館のアート系コンペに作品プランを出したところ、いきなり準グランプリを取れまして。その後も自分が企画して生み出した作品で賞をいただけることが増え、私はデザイナーよりもアーティストの道の方が向いているのではという確信が強まっていきました。とはいえ、このご時世、それだけで食べていけないだろうと、すぐに会社を辞めることは考えていませんでしたね。所属企業も、面白い方がたくさんいる良い会社だったので。

――市原さんがフリーランスになったのは、2016年ですよね。独立しようと思ったのはなぜですか?

会社に所属する以上、会社の仕事が本業でメディアアーティストは副業、趣味のスタンスでいないといけないですよね。これはあくまで“お遊び”なんです、と。でも、お遊びというわりには真剣に取り組んでいて。ちょっとずつ作品の出展や講演で収益になっていて、趣味で終わらせるのは嫌だなという気持ちが大きくなってきました。会社の仕事はほかの人の方がうまくできるけど、メディアアートの道なら私にしかできないことができるなって。

 

あと、2015年に制作した乳首搭載ロボ「ペッパイちゃん」炎上も一つの要因です。会社でPepperの仕事をするための勉強として、外部の開発イベントに個人的に参加しました。私はずっとPepperのタブレットが胸元にあるから、どうしてもおっぱいに見えてしまって。これはちゃんと実現しなくてはと思い、その場で構想を話したら、エンジニアの方々が賛同してくれて10人くらいの開発チームを組むことになりました。

実際に作ったところ話題になったのですが、ネットで物議をかもしてしまって……。私自身が怒られる分には問題ないのですが、炎上の影響が会社に飛び火したらどうしよう、とヒヤヒヤしていて。大きな組織に所属するほうがかえってリスクに感じていました。

 

ほかにも、知人の占い師から「独立しないと足を骨折する」と言われ、その一カ月後に本当にそうなったので、見切り発車で独立を決断しました。

日本の文化と最新技術を組み合わせた企画を国に提案し、予算を得て作品を生み出す

――作品が少しずつ収益になっているとありましたが、会社を辞めても大丈夫と思えるほどだったのでしょうか?

定期的に収入があるわけではなかったし、むしろ赤字の時期の方が長かったのですが、終盤になると会社員の給料を時給換算したときと比べ、アーティストの時給の方がいいかもと思ったのはありますね。講演で30分話して3万円、週末に作品を出展して10万円など。経費を考えると、全てが懐に入ってくるわけではないので、正直それだけで生きていけるイメージはありませんでした。でも、「辞めても全然どうにかなる」と独立した元同僚に言われたことで、「案外どうにかなるかも」と思いましたね。

 

そして、具体的に私が持っているスキルを洗い出し、執筆業でこのくらい、デザイン業でこれくらいと、収支の目星をつけました。諸経費や税金の自己負担もあるので、東京で一人暮らしをするのに、私の場合は月4-50万円を稼げば生きていけるなと。

一般的なクライアントワークも織り交ぜているので、今の収入は会社員のころよりは増えています。月によって変動はしますが、だいたい数十万円単位ですね。時おり大きな案件が入れば、ケタが変わることもありますが、その分経費も多くかかります

――作品を作るのに、その資金はどのように捻出しているのでしょうか?

学生時代や会社員時代までは、有志で集まって作ることが中心でした。でも今はまず予算を確保し、作品を作るのに必要な人をアサインし、その予算を配分して作る方向に変わりました。

――予算を確保するとは?

何かしらの助成事業やコンペティションなどで資金調達をして、作品をつくっています。実は、今のスタイルになった転換期は、新しい弔いの形を提案した「デジタルシャーマン・プロジェクト」なんです。

 

文化庁に「メディア芸術クリエイター育成支援事業」というものがあります。メディア芸術祭というコンペで受賞か入選をすると、その支援事業の応募資格を得られるのですが、2014年に審査委員会推薦作品に入ることができました。それで支援事業に応募しようと思い、その当時興味をもっていたのがお葬式のシステムだったんです。

 

祖母が亡くなり、お葬式に参加したのですが、人が亡くなったときにその事実を受け入れるための装置として葬儀はとても優秀だと思って。知人の住職さんにもお葬式や49日には、その人の不在を社会的に受け入れていく効果がある、と伺いました。私は「ペッパイちゃん」が炎上したときに、「なぜ人は人型ロボットに対して感情移入するのか」について関心があったので、それを逆手にとって、人型のロボットで弔いができるのではと考えました。

 

この企画をまとめて文化庁に申請し、予算をいただいて作品をつくりました。これ以降、事業の目的に寄せながら企画を提案し、予算を調達するスタイルが中心になっています。私は日本の伝統や文化と最新技術を組み合わせることに興味があるので、興味関心が事業と結びつきやすいのもありますね。アーティストの活動が日本の良さを伝えることにつながるといいな、と。

作品をつくって得たお金は、また新しい作品を生み出すことに使いたい

――市原さんは会社員を経て独立したことで、お金との向き合い方は変わりましたか?

お金の話をするのは汚いと思う感覚がなくなりました。特にアーティストはお金の話をしない方がいいという空気があるのですが、お金の話をしないと生きていけません! 生活もかかっていますから。私は、アーティストもデザイナーやエンジニア同様、ひとつの専門職だと考えています。

 

フリーランスになったことで、お金は自分でコントロールするという意識も芽生えましたね。足りなければ仕事を増やしたりどこからか資金調達をしたりすればいいし、方法はいくらでもあるな、と。会社員時代に比べ、何かを実現したいときにお金が原因で諦めることが少なくなり、思考の足かせが外れた気がします。

――今後、新しい作品を生み出すために考えていることを教えてください。

今後は、海外展開に力を入れたいです。最近、フランスの「toco toco tv」というショートドキュメンタリー番組に出たのですが、海外の人からの反響が大きくて。日本の土着の文化と最新技術の組み合わせを海外の人が面白がってくれているのかな、と。なので、これから自分の作品が受け入れられやすい国やマーケットを探したいですね。

 

あとは、不労所得がほしい(笑)。といっても、不動産や株ではなく、作品とからめて自動的に収益を生み出せる何かを構築できないかなと思っています。余った時間で新しい企画を立てて面白いことをやれば、お金が入ってくるし、そのお金を元手にまた別の作品を生み出す……といった良い循環を生み出せますから。

Interview
市原えつこさん
市原えつこさん

アーティスト、妄想監督。大根がなまめかしく喘ぐ「セクハラ・インターフェース」を始め、独創的な作品を生み出す。2017年「デジタルシャーマン・プロジェクト」で第20回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞を受賞。Twitter ID:@etsuko_ichihara

▼Etsuko Ichihara Official
http://etsuko-ichihara.com/

Writer Profile
南澤悠佳
南澤悠佳
ノオト

有限会社ノオトに所属していた編集者、ライター。得意分野はマネー、経済。

Twitter ID:@haruharuka__

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