夕方5時になると店前のちょうちんが灯り、お客さんが集まってくる文具店「ぷんぷく堂」。「文具店は夜開く」をコンセプトに、その営業スタイルはほかにはない、珍しい文具店です。
同店は、2012年に店主の櫻井有紀さんが本業の傍らにオープン。2017年1月には、本業を辞めて独立に踏みきりました。店のオープンの経緯や経営方法、そして独立にいたるまでの話をお聞きしました。
オークションで集めた鉛筆をもとに倉庫で開業
―まず、文具店をオープンしようと思ったきっかけを教えてください。
実は、「いつか、お店を開きたいね」と夫婦で話してはいたのですが、業態は決めていませんでした。文具店に決めたのは、ヤフーオークションがきっかけです。趣味で昭和の鉛筆を集めていたのですが、どんどんはまってしまい、1年間で5グロス (※ 1グロス=12ダース)になってしまいました。そのとき、思い付きですが「これを売る店を作ったら面白いかも」と思い、それなら文具店にしようと決めました。
――最初は本業を続けながら副業として、店をオープンされたんですよね。
正直、夜だけ開ける文具店だけでやっていけるとは思っていませんでした。子どもも2人いたので食べていくのに精一杯で。夕方にオープンするのも、もともと本業が終わった後に開いていたからなんです。昼は生活していくための仕事、夜は夢をかなえるための仕事だと考えていましたね。
――初期費用は本業で蓄えていましたか?
娘が18歳のとき進学ではなく就職する道を選んだので、子どもの大学進学用に学資保険で貯めていたうちの100万円を初期費用として使いました。この場所は、義理の姉が所有している土地なんです。彼女がここをアトリエ兼雑貨店として使っていて、私はそこで店員として20年働いていました。
その後、アトリエはすぐ近くに移転したので、この場所は改装して倉庫として使っていました。それから倉庫が不要になり、そのタイミングがちょうど店を開きたいと思った時期と重なったので、「場所を使わせてもらえないか」とお願いして今に至ります。
――元倉庫ですが、文具店オープンにあたりどの程度手を加えたのでしょうか?
ほとんど倉庫の頃のままなので、改装費用はそれほどかからなかったんですよ。広さは2.5坪で、家賃と光熱費を義姉に払って使っています。初期費用のうち、エアコンの設置に20万円、ブラインドカーテンに2万円、店前の日よけのテント屋根に30万円使いました。店内の棚はアトリエで使っていたものを、そのままもらって活用しています。
そのほかの初期費用は、ノートの仕入れに現金で20万円、残りは商品をディスプレイするときに入れる袋を買ったりしました。
――オープンした当初、お店を続けていけるか不安はなかったんですか?
不安はありましたが、迷いはなかったです。知名度を上げるには時間がかかるとわかっていたので、5年は続けようと決めていました。でも、最初の1年間はお客さまもほとんど来なくて。時間が経つのが遅く感じるし、冬は寒くて、途中で眠くなったりして(笑)。
ただ、業態として珍しい店なので、文具業界の新聞にすぐ取材いただいたのはありがたかったです。「夜だけで大丈夫なの?」と、業界内での知名度はありました。
来店客の98%が購入、お客さんが楽しむ仕組みづくり
――文具店というと、お店に入っても見て買わない人も多いと思いますが、それについてはいかがですか?
幸いなことに、ひやかしのお客さまがほとんどいないんです。駅から遠い住宅地にあるので、この店を目的にここまで来る方が多いんでしょうね。来店する98%の方は何かしら商品を購入されます。
ほかにも、場所がないので引き出しに商品を入れたことも、いい意味で裏目に出ました。店内のあちこちに引き出しがあるでしょう。もともとは店舗が狭いから、商品を引き出しに入れていたんですよ。
でも、お客さまからしたら、自分で引き出しを開けて商品を探すのが楽しいみたいで。開けた瞬間に驚いてくれると、私もうれしいです。常連になると、お客さまもどこに何が入るのか覚えてくれて。お客さまに楽をさせないというのが、結果的には良かったのかもしれません。
――現在、商品の仕入れはどのように行っていますか?
文具問屋さんが行う催事に年に3~4回行って買い付けています。新しい商品が多く並びますが、私はどちらかというと、昔の商品を手に取ることが多いですね。「ぷんぷく堂っぽい」「素敵だな」と思ったら仕入れています。ほかの店では、あまり見たことがないもので、自分がときめいたものだけを販売するのがこだわりですね。
――お店には櫻井さんがつくるオリジナル文具も並んでいますね。どのような経緯で始めたんですか?
3年くらい前、ある文具メーカーさんから「廃番になったカラフルな便箋を店で売ってくれないか」と相談があったんです。基本的に営業された商品は店に置かないのですが、あまりに素敵な紙だったので、いったんその商品をお預かりしました。
その商品をそのまま販売せず「これをリング綴じしたらいいかも」と夫と相談して作ったのが「リング便せん」という商品です。売り始めたらあっという間に売り切れてしまって。
もともとはそうやって廃番になった商品を生き返らせるために、商品開発をしていました。でも、その方法だと、売り切れてしまったら、もう商品を作ることができないんですよね。
そこから、自分が欲しい文具を作る方法に切り替えました。それで2年前に完成したのが「スキマメモ 」という商品。パソコンと机の隙間やカバンのポケットなどに入れられるメモ帳が欲しいなと思い開発しました。こうして作ったものは望まれれば量産することができるので、商品がなくなってしまうという不安がなくなりました。
副業から本業に、客単価は3,000円以上
―本業を辞めて「ぷんぷく堂」を本業として経営し始めたきっかけはなんでしたか?
今年1月に千葉日報さんに掲載されて、それがヤフーニュースにも掲載されたのが大きかったです。掲載後はお店のウェブサイトのサーバーがダウンしてしまうほど反響があって。
特にオリジナル文具を取り上げてもらったことで、「文具を卸してほしい」という文具メーカーとしての問い合わせが増加しました。これで独立しても大丈夫だろうと思えました。
――独立してからも、夕方からオープンというスタイルのままなのですね。
これまで培ってきたブランディングは変えずにいこうと思います。お昼は出荷作業などの細かい作業時間に充てているのもあって。ほかにも特別催事があると、商品登録などの入力作業もあるので、今の営業時間のままがちょうどいいですね。
――売り上げについて教えていただいてもいいですか?
よく同業の方から驚かれますが、客単価は約3,000円と、結構高い方なんです。最初の頃は500円くらいでしたが、今は多いと5,000円いくこともあります。
1日の営業時間が5時間で、店舗の売上は平均1万5,000円~3万円くらい。催事を含めると、店の売り上げは月平均40万円~50万円くらいです。オリジナル文具は原価を元に価格設定しています。諸経費を考えると、売り上げの60% は、仕入れにかかったお金です。
――これまで、お金で苦労したことはありましたか?
昨年までは店の売り上げをもとに、オリジナル文具を作っていました。なので、なかなか手元に現金が残らないのが大変でした。商品のストックを作ろうと思っても、何十万円もかかるものなので。売り上げが入るタイミングが2カ月後だと、お金の面ではかなりシビアでした。「商品が売れているのに、なんでお金が入ってこないんだろう」という状態でしたね。
そこで友人のアドバイスしてもらい、日本政策金融公庫に200万円を借りて運転資金にすることにしました。お店の売り上げと運転資金と口座を分けることで、気持ちがすごく楽になりました。
――最後に今後の展望について教えてください。
目利き力が錆びないようにすることです。商品は私が選んでいるものなので、「最近のぷんぷく堂、年取ってきて、全然いけていないよね」と言われないようにしたいなと。常にアンテナを張って、店を続けていきたいです。