「ニチアサ」と呼ばれる日曜朝から、深夜帯までさまざまな時間帯で放映されるアニメーション。現在では、3カ月ごとに約50本と多くの作品が制作されています。
キャラクターに声をあてる声優や絵を描くアニメーター、物語のあらすじを考える脚本家など、多くの職業が携わるアニメで、制作全体を統括し、指揮するのがアニメ監督です。スタジオジブリの宮崎駿さんや『君の名は。』の新海誠さんなどが代表例ですが、今回取材したまんきゅうさんは「北斗の拳イチゴ味」「アイドルマスターシンデレラガールズ劇場」などのショートアニメを担当することで知られるアニメ監督の1人。
どのようにしてアニメ業界に入ったのか、どのような仕事をしているのか、なぜフリーランスになったのかなど詳しく話を聞きました。
個人作家から、いきなりアニメ監督に
――まずは、どのようなきっかけでアニメ業界に入ったのでしょうか?
もともとは大学卒業後、個人作家のような形でアニメを作っていました。インターネット上に作品を公開したところ、『秘密結社鷹の爪』などを手がけている映像制作会社「DLE」の社長に声をかけてもらったのが、この業界に入ったきっかけです。
――1人で作品を作っていたとのことですが、美大などで絵の勉強をされていたのでしょうか?
まったくしていないです。4年制大学の文系出身なので。また、現在なら普通はペンタブレットで描くと思うのですが、当時はその存在も知らなくて、ずっとマウスで描いていました。
――別の意味ですごいですね(笑)。何をきっかけに作品を作り始めたのでしょうか?
リラックマのようなかわいいキャラクターが好きで、自分でもオリジナルキャラクターが作りたいと思ったんです。しかし、キャラクターの絵をアップしても、ただのイラストじゃないですか。なにかもう少し差別化できないかなと考えていたら、当時は「Flash」というアニメーションソフトが流行っていて、個人がネット上に公開した作品を周りが楽しむといった文化があったんです。
みんなの作品を見たら、いわゆるテレビアニメーションとは異なり、がんばれば手が届きそうなクオリティーで(笑)。これなら自分もできると思って作り始めたのが最初ですね。
――自分の作品が認められて制作会社に入るというのは順調ですね。
いえ、始めたのが大学卒業後なので、すでに24歳。まずは1年間だけがんばってみようと決めて、それで芽が出なかったら別の道を歩もうと思っていました。
――その後、無事続けていることが素晴らしいと思います。ところで、アニメ監督には、どのようなキャリアを経てなるのでしょうか?
個人作家として、1人でキャラクターデザインから絵コンテ、演出、音楽や効果音まですべてを手がけていたので、その延長線上でDLEに入った際は最初から監督でした。漫画家さんでも、アシスタントを経験せずにデビューする人がいますが、それに近い感覚だと思います。
――いきなり監督になるのは珍しい印象ですが、そのようなケースは増えているのでしょうか。
増えています。作業のデジタル化が進んで、ソフトを安くそろえられる影響が大きいですね。今までであれば、制作会社で地道に下積みをして、才能が認められれば30代半ば頃にプロデューサーから声がかかって、監督になるのが通常の流れだとは思いますが。
――ところで、アニメ監督はどんな仕事をしているのでしょうか?
原作があるアニメを担当することが多いので、それを前提で話すと、たとえば先日監督した『アイドルマスター シンデレラガールズ劇場』の場合、シリーズ構成を作るところから始めました。
原作が5コマ漫画で、アニメは1話3分間のものを26話分と、モバイル版という、より短い尺のアニメも26話分作る必要がありました。そこで、原作のどのエピソードを使うか、3分間でどんな絵を見せていくかを考えます。原作通りにするのか、キャラだけを生かしてアニメ版オリジナル展開にするのか、一部だけオリジナル回を出すのか、原作を担当するバンダイナムコエンターテインメントやサイゲームスのプロデューサーさんと相談しながら、全体の設計を行うのです。
その後、完成後のイメージを共有するために、1話ごとの絵コンテを描くのが最もメインとなる作業です。その絵コンテをもとに、アニメーターや演出、撮影、編集などそれぞれのセクションの方と相談しながら実際に作っていき、声優さんに声をあててもらったり、音響の方にオファーをして音楽を作ってもらったり効果音を入れてもらったりするところまで監督の仕事です。
――本当に多岐にわたっていますね。ほかの職業と違い、どのような役割を担っているのか、今まであまりイメージがわかず……。
オーケストラにたとえると、バイオリニストや ピアニストなどいろいろな奏者がいるなか、必ず指揮者もいるじゃないですか。指揮者がいなくても、各々の奏者はプロなので、絶対演奏できるはずなんですよ。ただ、同じ曲でもアップテンポになったり、少ししっとりとした雰囲気にしたり、そもそも使う楽器が変わったりと、目指す音楽に向かって、皆を導く役割をしています。そうした指揮者的な役割を担うのが監督ですね。
――ちなみに、アニメ監督に向いている資質はどんなものがあるのでしょうか?
大きく2つに分けると、天才型と努力型がいて、前者は何をやっても自分の世界観がにじみ出ていて、その分野では右に出る者がいないみたいなタイプです。残念ながら、私はそうではないので、なるべく俯瞰して物事を見るようにしています。
アニメも時代によって流行り廃りがあり、少し前だと異世界転生もの、その前は日常ものが流行りました。アニメは、2年後に放映するものを作るケースもあります。時代がどのように変わっていくか、どういうお客さんがいて、どんなものを作ったら喜んでもらうかを想像しながら、先読みしていけるかどうかが必要な資質の一つではないでしょうか。
オリジナル作品を作るため、独立
――10年間DLEを勤めた後に、独立したとのことですが、どんな理由があったのでしょうか?
一言でいうと、自分で権利が欲しかったんです。クリエイターたるもの、やはり自分だけのオリジナルが作りたいんですよ。会社に所属していると、オリジナルキャラクターを作っても、権利が会社のものになってしまいます。つまり、もし売れた場合に自分の好きにできなくなってしまう恐れがある。オリジナルって自分の子どもみたいなものなので、苦労してでも自分の手で育ててあげたいなって思うものです。
――独立後はフリーランスのアニメ監督として活動されていますが、業界ではフリーランスの存在は珍しいのですか? それとも多いのでしょうか?
業界では、アニメーターにフリーランスが多いですね。一応会社所属ですが、実際は業務委託契約という例が多いんですよ。最近では、そういう実態がブラックといわれており、業界全体で人材をきちんと育てようという意識も芽生えてきたので、正社員化を進めているのですが。
ただし、生活の安定を目指しているわけではなくて、職人気質でいろいろな会社で技術を磨きたいというスタンスの人も多いので、なかなか難しいところがありますね。一方で、プロデューサーや音響など正社員なのが普通の職種もあります。
――フリーランスになってから、意識的に変えたことはありますか?
最近は徹夜しないと決めています。当たり前ですが、監督が OK と言ってしまうと、 本当にOK になってしまうのです。徹夜で判断力が落ちていると、あとで「なんでこんな OK 出したんだろう」って後悔することになるので。なるべくベストな状況で、仕事をしたいなと考えています。
また、所属していた会社に感謝するようになりましたね。まんきゅうという存在を守ってくれていたし、支えてくれていたことを離れて初めて知りました。今では自分だけで市場価値を高めていかないといけないので。
――特に原作があるアニメを担当すると、原作のファンからも言われますよね。どのように作っても何かしら言われてしまうことは、大変だなと思います。
精神的なタフネスも必要な職業ですね。20代のときは、落ち込んで悲しい思いもたくさんしましたが、今は全然ですね。ユーザーさんの意見に振り回されると、変に媚びたものができてしまうんですよ。でも、それって原作に失礼じゃないですか。なので、最近では走り切るようにしています。何かしら言われますが、そういう風に考える人もいるんだなって。
――批判的な意見があってもサラッと流せるようになったと。
そうですね。あとは、製作委員会が費用を回収できたかどうか数字で現れるので、売り上げを見ています。売れればいいというわけではありませんが、ある程度数字を残せたら、自分の考えは間違ってなかったんだと思います。 そうした指標を持つことが大事かと。
“給料が安い”アニメ業界で収入を増やすには
――アニメの場合、予算の中から決まった割合で、給料が分配されるということでしょうか?
そうですね。制作会社によって異なりますが、自分がどんな役割を担ったのか、細かく請求してほしいというところもあれば、お互いに細かい計算が面倒なので、1話いくらで請求してほしいとか。あとは、稼働した作業量で請求する場合もあります。
会社員時代は年俸制で、基本給のほか、監督や脚本の印税をもらっていました。フリーランスになってからは、クライアントに直接請求する形ですね。
――独立後の年収は増えましたか?
正直、めちゃくちゃ増えましたね(笑)。私がよく担当するショートアニメの場合、監督だけでなく、脚本や演出などもするので、役割が多い分、売り上げも増えます。また、通常の30分アニメと違い、案件の掛け持ちもかなりしていると思います。
――実際、どのくらい同時並行で動いているのでしょうか?
30分アニメを担当するなら年に1、2本でしょうし、劇場版アニメなら数年に1本が普通だと思いますが、私の場合は、10タイトルくらい同時に稼働しています。微妙に時期をずらすなど、どうにかやりくりしている状況ですね。
――たしかにそうなると、年収に大きく反映されますね。ボリューム的にはどのくらいですか?
ちょっとした野球選手くらいですかね……。ちょっとしたというところがミソです(笑)。
――アニメ業界は給料が低いと言われがちですが、どのようにすれば収入が上がると思いますか。
お金の勉強をしたらいいと思います。やはり無知だと戦えないじゃないですか。自分が関わっている作品の予算がいくらあって、どのセクションにいくら支払われているかがわかれば、どうして自分にお金が入ってこないのかもわかると思うんですね。それと同時に、何をしたら自分に入るお金が増やせるかもわかります。私の場合は、会社員時代に権利関係について学ばせてもらい、フリーランスになってからは、契約の際にどのような権利がもらえるのかも含めて交渉しています。
また、この業界で安定した給料で働くなら、業種を選ぶことも重要です。たとえば、CGやアニメの背景を描く美術などは正社員として働けます。特に後者は、数が少ない割に需要は高いです。ものすごく忙しいとのことですが。
――最後にお聞きします。今後の展望として、何か考えていることはありますか?
オリジナル作品を作りたいですね。『かいけつゾロリ』のような児童書を作りたくて、個人作家として活動していたので、原点回帰ではないですが、全世界の子どもが読む児童書のような作品を生み出したいです。庵野秀明さんが『新世紀エヴァンゲリオン』を作ったのも、宮崎駿さんが『風の谷のナウシカ』を作ったのも、今の自分と同じくらいの年なので、オリジナル作品にチャレンジしたいです。