大工35年の佐々木さんに聞いた、建設業界のリアルな収入状況

大工といえば、修業や経験がものをいう職人の世界。家を建てたり店の内装工事を行ったりする現場の大工を見かけることはあっても、普段どんな働き方をしていて、どれくらいの収入を得ているのかを知っている人は少ないでしょう。大工は個人事業主として仕事している人が多いようですが……。そこで、大工歴35年のベテラン職人・佐々木明寛さんに、その道の働き方についてじっくり話を聞いてみました。

高校へ進学するも2年で中退、大工の道へ

-まず、佐々木さんが大工になろうと思ったきっかけについて教えてください。

最初、高校受験のときに親父に「大工になれ」って言われたんだけど、それは嫌だと思ったわけ。でも、高校2年の6月に「お前はもう来るな」と学校から言われて(笑)。そしたら、残る道は大工になるしかないなと。今の家のすぐ近くに師匠の会社があるんだけど、そこでたたき上げの大工として育って、今年でトータル35年。仕事が嫌になったことは当然あったけど、職を変えたらまたゼロからのスタートになるし、それも面倒だなと思って、それでずっと。

 

―大工として、どんな道を歩んできたのでしょうか?

師匠の会社には16年勤めたんだけど、そこでいろんなことを経験させてもらったね。木造住宅の基本的な工法や鉄骨住宅3階建ての建築、都心のテナントビルの内装とか。そういうのを経て独立。今はユタカ工務店の屋号で個人事業主として働いていて、社員が1人いる。ただ、独立当初は社員もいないし、ヘルプでお願いできる大工さんも集められるつながりがないから、小さな仕事をしてたの。そしたら、過去に一緒に仕事をした人たちが「あんなにいろんなことできる人間が今は何をやってるんだ」って規模の大きな仕事を持ってきてくれたの。でも、規模の大きな仕事は「できねえ」って言ったら「できねえわけねえだろ」って言われたり(笑)。

 

「できない」と言ったのには理由があって、大きな仕事をするにはヘルプで呼べる大工さんを集める資金力が必要になるんだよ。気持ちにゆとりがないと仕事が楽しくなくなるし、気持ちのゆとりは資金のゆとりに関係するから。たとえば、800万円の仕事だったら、その半分の400万円は資金として持っておきたいわけ。そこで、銀行へ融資の相談へ行ったら、区に運転資金の金利を補助してくれる制度があるって言われて、15年ずっと借り続けているんだよね。

 

でも不思議なことにね、100万円借りるとするじゃん。それで500万円とか300万円の仕事をして入金があれば、その100万円はペイできるはずなのに、なぜか残らないの(笑)。次から次へと新しい道具が出てくるし、設備投資に使うからなんだけど。

―大工の世界も設備投資は欠かせないのですね。

もちろんだよ。今はいかに機能的な道具を使いこなすかが重要な時代だから、一つひとつが高価なの。我々が使っている道具は特殊だし、需要が少ないか ら低く見積もっても5~20万円はする。「これ壊れちゃったんだけど、どこのメーカーがいいかな?」って話せばみんなオススメを教え合うし、中には「これ使ってみな」って貸し合うこともある。そういう情報交換は活発だね。

―設備投資ってどのくらいされるものですか?

俺の平均年収は600万円なんだけど、年収が 400万円に落ち込んだこともある。その年は、設備投資に力を入れたときだね。

お客さんと膝を突き合わせてする仕事が一番楽しい

―今は、どういう仕事が多いですか?

主な仕事は2つ。1つは「手間受け」といって、ハウスメーカーの住宅を作る仕事。建物を1つ建てるのに20坪の建物だとしたら、坪単価は大体4~4.5万円だね。一人親方は、この仕事を手掛けている人が多いんじゃないかな。

大工佐々木さん

坪単価4万円で25坪の仕事の場合、合計100万円になるけど大体50日工程で換算するから、日当にすると2万円。同年代の同級生が一流企業の部長とかになってたら、年収1000万円はあると想像するじゃん。俺らの仕事の場合、25日働いて50万円が限界だし、若かろうが年を取っていようが金額は変わらない。

 

正直、生かさず殺さずの値段感で、もっと単価を上げてくれと言いたいんだよね(笑)。2カ月工程が中心だから、1年間に6~7案件はできるけど、それでも限界はあるよね。とはいえ、今はこういう仕事は若い大工を鍛える意味で、彼らにお願いすることが多いね。

―ほかの大工さんに給与を支払う際、建設業界ならではの慣習ってありますか?

建設業界はね、領収書を切らないんだよ。ほかの大工に1日2万円で仕事をお願いしたら、現金を渡すんだけど領収書をもらわないの。そうすると税理士には突っ込まれるから、俺の場合はその人に渡す給与明細に内訳を書いて、ハンコを押してもらって取って置いてる。その人に渡す用と保管用で2通。給与明細と言いつつ、それが領収書代わりになってるね。

―そうなのですね! もう1つの仕事はどういうものですか?

電気屋さんや水道屋さんから横のつながりで紹介されて、店舗の施工を手掛けることも多いね。この場合、基本的に依頼主に見積もりを出すから、収益はきちんと確保してるね。ハウスメーカーの仕事は組み立てていくのが中心だから淡々としているんだけど、こっちの仕事はお客さんと膝を突き合わせて、その人の要望を聞きながら造り上げていく。自分自身がそういう現場で育ってきたのもあって、こっちの仕事の方が断然楽しい。

 

それにね、横のつながりは本当に大切なの。仕事を紹介してもらうだけじゃなくて、現場で人手が必要なとき、「この作業はあの人にお願いしよう」「この仕事はあの人からの紹介だから引き受けよう」っていうのは当たり前。お互いが助け合って仕事をするのが大切なんだよ。

―佐々木さんは今、個人事業主ですよね。法人化を考えたことは?

あるよ。売り上げが大体1,000~2,500万円あたりで推移している状態で、もう一歩飛躍するなら法人化が必要かなって思ったの。その時、一人の建設業経理士に相談したんだけど、こっちが求めていたのは「どういう選択肢があるか」という提案だったのに、しきりに「法人化したほうがいい」としか言わないわけ。

 

それで法人化しようかと思って役所へ行ったら、建設業と内装業を10年以上行っている証明が必要と言われて……。それには、資格と10年分の領収書と請求書が必要だったんだけど、自分は「腕一本でやるぞ」っていう世界に身を置いていたから、資格がないわけじゃないけど、そこで求められているものは持っていなかった。さらに、領収書と請求書は8年分しかなかったから、法人化できなくてね。

 

一度年収が1,000万円を超えたときがあったんだけど、翌年は住民税がすごく上がったこともあって、370万円も税金でもってかれちゃったよ! 法人だったら税金をもっと抑えられたんだけど、法人化できないものはできないし、翌年は税金のために働くことになっちゃった(苦笑)。そのタイミングで、最初の建設業経理士は合わないと感じていたから、別の人に紹介された建設業経理士に切り替えたね。

俺は一生ものづくりをしていたい、だから個人事業主がいいんだ

―法人化は諦めたのでしょうか?

いや、当時は諦めたわけじゃなくて、今の建設業経理士さんに相談したの。そうしたら、「法人化すれば売り上げはもちろん上がる。でも、これ以上の売り上げを求めると、佐々木さん自身が現場に出る機会は少なくなりますよ」って言われたの。

 

俺としては一生ものづくりに携わっている方が楽しいし、そこそこみんなに払えるお金があるなら、個人事業主でいるのが最適だという結論に達したってわけ。法人化したら控除もあるし経費の枠も広がるから利益が上がるのは理屈では分かるんだけど、ほかの人から「売り上げを上げろ」「利益を上げろ」なんて追われる側になるのは嫌だな、と思ったんだよね。

 

大工としての腕の見せ所は、お店とか人の集まる場所で、その仕上がりを見た人が「これはいい」と思ってくれる仕事をすること。現場に出て、お客さんの顔を見ながら仕事を続けていきたいね。

 

Interview
佐々木明寛さん
佐々木明寛さん
ユタカ工務店

ユタカ工務店代表。大工の道に入り35年。ハウスメーカーによる住居を始め、飲食店やテナントビルなどの施工も手掛ける。

Writer Profile
南澤悠佳
南澤悠佳
ノオト

有限会社ノオトに所属していた編集者、ライター。得意分野はマネー、経済。

Twitter ID:@haruharuka__

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