
北緯66度33分から北の極寒の地――。北極の中心であり、地球の最北に位置している「北極点」。ほとんどの生き物が生息できない氷の上を、食料や物資を補給せずに、たった一人きり、徒歩での北極点到達を目指しているのが、北極冒険家・荻田泰永さんです。その過酷すぎる挑戦の実態、そして気になる冒険費用の捻出方法など、冒険家のマネー事情にも迫りました。
非アウトドア派の青年がいきなり北極700kmの旅へ
――「北極」を目指されたきっかっけは、何だったのでしょうか?
大学を中退したのですが、何をするか決めていなくて、「何かしたい!」とエネルギーだけがあり余っていたんです。それをどこに向ければいいか分からない状態だったときに、偶然、テレビで冒険家の大場満郎さんが、「若者を連れて北極を歩く」という企画の話をされているのを目にしました。
それまで、アウトドアも探検も経験したことはほぼなかったんですけど、純粋に「行ってみたいなぁ」と思って、大場さんに手紙を書いたんです。それがきっかけで、「北磁極(※)をめざす冒険ウォーク 2000」に参加することになりました。参加者は素人ばっかりだったので、当然難易度は落としてありますが、35日かけて北極を700km歩くなんて、つくづくよくやったなと思います。
(※)天体の北半球の地表面で、磁力線の方向が鉛直になっている地点
――それを機に、「北極冒険家」になることを決意されたのですか?
というか、僕は今まで一度も「冒険家」になろうと思ったことはありません。今もまったく思っていませんが、周りが何となく冒険家として僕のことを認めてくれはじめたので、まぁそうなのかなと……(笑)。ただ、何回も行っているうちに北極の面白さ、難しさが分かってきて、ハマってしまったんです。「やめたい。辛い。けれど行きたい」というのが嘘偽りのない気持ちですね。
過去2度の「北極点無補給単独徒歩」への挑戦は失敗に終わる
――「北極点無補給単独徒歩」は、特別な冒険なのでしょうか?
そうですね。「北極点無補給単独徒歩」が難しいのは、誰のサポートも受けないで、自分の力だけで到達しなくてはいけないところです。チャーター機でスタート地点に降ろされてからは、たった一人で食料やテントをのせたソリをひいていかなくてはいけません。これまで世界で成功している人は まだ一人だけ。それくらい難易度が高い冒険なんです。 ちなみに現在、無補給単独徒歩で北極点を目指しているのは僕だけです。
――荻田さんは、過去に2回挑戦されていますよね?
1回目は、2012年でしたが、これは完全に自分の力不足でした。北極海に対する理解が足りていないことを痛感して、出発から17日目、到達の直前で断念しました。今の自分はこれ以上行ってはだめだなって直感したんですよね。
2回目の2014年は、前回の経験を踏まえて、要領は得ている状態ではありましたが、まだ完全に理解しきれていなかった。あとは時間切れですね。48日間、一人で氷上を歩いていましたが、補給がなく燃料や食料に限界があるので、時間切れになってしまいました。
縮まらない北極点までの距離……テント焼失で命の危険も
――「北極点無補給単独徒歩」の難易度が高いとされるのは、なぜなのでしょうか?
北極海の氷が動くからですね。テントを建てた位置が一晩で変わることはしょっちゅうで、ブリザードと呼んでいる吹雪であっという間に流されてしまいます。せっかく歩みを進めても、簡単に10km、20 km、と流され、北極点から離れてしまいます。
なにしろ凍った北極海の上を歩いているので、氷が割れていたり、隆起したりして、ソリをひいて歩くのは困難です。その点、南極は陸の上なので、足元が動かない。よって、海氷上を歩くというのが、北極ならではの難しさの一つだといえると思います。
――「北極点無補給単独徒歩」以外にも、1年に一度のペースで北極に足を運ばれているそうですが、危険な目に遭われることもあるのでは?
ホッキョクグマにテントを揺らされたことがありましたね。でも、銃などで威嚇して追い払えば逃げていくので、それほど危険は感じませんでした。それよりも9年くらい前に、テントが燃えて両手を火傷したことがあって、そのときが一番危険を感じましたね。すぐにチャーター機に救助をお願いしました。
往復のチャーター機代だけで1,400万円がとんでいく
――「北極点無補給単独徒歩」の費用はどれくらい掛かるのでしょうか?
約2,000万円です。内訳のほとんどを占めるのが、送り迎えをしてくれる飛行機チャーター料。7割にあたる1,400万円が、そのためだけに消えます。残りが現地までの移動費用、渡航費、装備費用です。あとは、日本に置いている事務局の運営費用に経費が掛かります。
――とんでもなく高額ですね。費用はどのようにして集めているのですか?
メインは企業などからのスポンサー料、個人からの寄付、自分の貯金などです。時と場合によりますが、2014年の挑戦では、活動拠点にしている北海道の企業が、1社で1,000万円ほど出してくれて本当に助かりました。協賛には、冒険で着る洋服にロゴを入れたり、企業PRで映像を使ってもらったりして応えています。
――お金はどれくらいの期間で集まるのでしょう?
年間でスポンサー契約をしている会社があって、そこが費用の半分を占めていますね。不足分については、半年くらいで集めます。ただ、お金集めるために常に種を蒔く、つまり人に会い続けてこちらの想いに賛同していただく努力は続けています。それで半年で一気に収穫に入る感じですね。あとは、講演をしたり、 メディアに出て出演料を頂いたりして収入を確保しています。ただ、実際のところ、100万円分の装備や機材などのアイテムは提供してくれても、現金10万円でのスポンサードを得るのはかなりハードルが高いです。
バイトで食いつなぎ、飛び込みでスポンサーを探しながら北極点を目指した日々
――スポンサーが見つかるまで、どのようにして生活されていたんですか?
ずっとアルバイトをして、半年でお金を作り、年1回くらいのペースで北極に行っていました。アルバイトは、工事現場やガソリンスタンド、ホテルのルームサービス、 工事現場、ガードマンなど、数えきれないくらい経験しました。
ところが、「北極点」を目指すとなると、莫大な費用が掛かるので自分でアルバイトだけでは到底無理。言ってしまえば、“人のお金”をあてにしなくてはいけないことが分かりました。
――スポンサーになってくれそうな企業にはどのようにアプローチされたのですか?
会社や組織を相手にしなければいけないわけですが、僕はそういう経験がなかった。でも、とにかく行ってみないと話が聞けないと思って、企画書を書いて“飛び込み営業”をしましたね。丸の内を歩きながら、目に入る大きなビルに次々足を運んだこともあります。実は、大企業ほど門前払いはしない。必ず誰かしら出てきて話を聞いてくれます。でも、正直言うと飛び込みでスポンサーにつながることはありませんでしたけどね(笑)。
新橋の飲み屋で知り合った人の縁でスポンサーが決定
――それでも、現在18社がスポンサーに名を連ねていらっしゃいますよね。そうした企業とはどのように出会われたのでしょうか?
人に会って冒険の話をしていると、勝手に誰かを紹介してくれることもあって、不思議なものですが、自分が求めているものにつながってくるんですよね。
実は最近のことですが、新橋の地下街で友人と3人で飲んでいたんです。そしたら、たまたま隣におじさん3人が座って、何となく会話がはじまりました。挨拶をと思って、名刺を出して自己紹介すると、「面白いことをやっているね」って話が盛り上がって、そのうちの一人が「名刺をもらったから、俺も出さなきゃいけないね」とくれた名刺の肩書きが、なんと大手家電メーカーの代表取締役だったんです。
そのときちょうど、「新しいカメラで北極を撮影したいな……どこかにスポンサーにつながりたいな」と思っていたんです。
――それは、またすごい偶然ですね!
その方は半年前に定年退職をされたそうなのですが、「俺が紹介してやるよ」と言って、携帯番号を名刺の裏に書いて渡してくれたんです。「明日電話してこい」って言われたんですが、次の日、「あのおじさん酔っ払ってたしな……」と思いながら、半信半疑で夕方4時頃に電話したんです。そしたら、「もう段取りしておいたから」と、会社に連れて行ってくれて、結果的にカメラ機材を一式まるごと提供してもらったんですよ。
頭を下げたくはない……けどそれも“北極に行くため”なら厭わない
――お金にしろ、機材などにしろ、色々な人にお願いをするのって大変ですよね。
自分は北極に行きたいからやっているだけで、やりたくなかったらやめればいいだけのことです。ただ、やりたいことをやるには、それ以上にやりたくないこともやらなければいけない。
人に頭なんか下げたくない、人からお金なんかもらいたくないです。でもやりたいことをやるためには、色々な人に会って説明をしなければいけないし理解してもらって、お金で応援してもらう必要がある。
自分のお金で1から10まで片付けばこんなに楽なことはないんですが、一方でそれはそれで面白くないんですよね。やりたいことだけやって 物事が全部片付くのであれば、逆にそんなにつまらないことはないとも思います。
――では最後に、今後の予定について教えてください。
「北極点」には、絶対行きたいですね。3回目の挑戦をしたいのですが。今、現地の飛行機会社がチャーター便を止めているので移動ができません。そのため当分「北極点」は無理かなと。
でも、来年の春には北極のどこかで、何かしらのことをやりたいなと思っています。ルートを繋いで歩くとか、自分の歩きたいルートや、誰も歩いたことのないルートを辿りたい。行きたいところに行かなくては面白くないですからね。