200万円で清澄白河にコーヒースタンドを開業。「ブルーボトルコーヒー」の上陸は売り上げにどう影響した?

「ブルーボトルコーヒー」や「オールプレスエスプレッソ」など、海外のコーヒーショップが上陸したことで、いまやコーヒーの街として知られる「清澄白河」。

 

そうしたお店が注目を集める中、清澄白河には近所の人がちょっとした会話をしに訪れるコーヒースタンドがあります。それが「sunday zoo」です。

 

店主の奥野喜治さんは、ANA(全日本空輸)在職中の2014年にお店をオープン。現在は会社を定年退職し、週3日、お店でお客さんの好みのコーヒーをハンドドリップで淹れています。

 

奥野さんが定年退職前からお店を始めたわけは? 大手資本の参入による経営危機はなかったのか? 経営事情を聞きました。

定年退職後、時間を持て余すのは寂しい……

——奥野さんは二足のわらじでお店をスタートしています。時間のやりくりは大変ではありませんでしたか?

僕はANAを定年後、再雇用制度で週3日勤務になりました。63歳でお店を始めて65歳で完全退職するまでの2年間は、月・火・水が会社の出勤日で、木曜がコーヒー豆を焙煎する日、そして金・土・日がお店を開ける日。楽しいから続けられたけど、休みはなかったね。

——「人生100年時代」といわれるいま、定年退職後もできる仕事を見つけたということでしょうか。

そうだね。定年退職後も、人生はおそらく35~40年は続くでしょ。公園へ散歩に行ったり、図書館へ行ったりするのもいいんだけど、人との交流の面で考えると、ちょっと寂しい。ましてやマンション住まいだと、ご近所さんとの付き合いもないから。

 

空いた時間をどう過ごそうか。そう考えたとき、いつかはやりたいと思っていたコーヒー屋さんを開きたいなと思ったんだよね。定年の10年くらい前から自宅でコーヒー豆を焙煎していたし、10年も続けていることなら、お金をいただく仕事にしても大丈夫だろうと。

 

なかった場所にお店を作るというロマンみたいなものがあったのと、やらないで後悔するよりもやって後悔する方が潔いからね。

奥野さんが自宅で豆を焙煎する際に使っていた網。現在は店内にディスプレイ

——以前お店に来たことがありますが、近所の方がいらっしゃって、初めて来ても自然と会話が生まれていた様子が印象に残っています。

以前、妻と二人でハワイ旅行に行ったときに訪れたコーヒー屋さん(Morning Glass Coffee)の雰囲気がすごく良くて。ご近所の人たちがふらっと来てコーヒーを飲んで、雑談して帰っていく。コーヒーが生活に溶け込んでいたんだよね。

 

昔、ウィーンに暮らしていたときも「今日元気?」「昨日何してた?」みたいなやりとりがコーヒー屋さんにあって、そうした光景への憧れは大きいかな。

——奥野さんにとって、コーヒーはコミュニケーションツールの一つとして見出されたのですね。

コーヒーでなくても、いいと思うんだよね。僕にとっては、それがたまたまコーヒーだったということ。このお店のオープン当初、清澄白河にはそうしたつながりが生まれる場所がほとんどなかったから、自分が店を開くなら顔見知りや知り合いができる、そんな店にしたいと思っていた。だから、いまそうした雰囲気ができあがっているのはうれしいことだよね。

夢だけを追うのはリスクが大きい。金銭面も考えて

——奥野さんの場合は定年退職して年金がありますが、夢だけでお店のオープンに踏み切るのはリスクがありますよね。会社員時代から始めたのには、そうした理由もありますか?

それはそうだよ。夢ばかり語っても、生活ができないんじゃ不安だよね。雑誌などを見れば、コーヒー屋さんの開業に関する話はたくさん載っている。でも、夢の部分が中心で肝心のお金の部分はあまり取り上げられていない。

 

特に僕の場合は、年齢も重ねている。若ければ失敗してもリベンジする時間があるけど、僕は定年退職後だからそうしたチャンスはあまり望めないし。だから手持ちのお金をみて、店を始めるなら「開業に使った分のお金を失ったとしても、もったいなかったな」と思える範囲で、と決めていたの。

 

仕事として成立させるためには、否が応でもそうしたお金の面とも向き合わないとね。

——いまも営業日は週3日です。会社を完全リタイア後、営業日を増やすことは考えませんでしたか?

ありがたいことに、お客さんが増えたので、コーヒー豆の焙煎に時間がかかるようになって。金・土・日の営業は変わらないけど、月曜を休みにして、火曜はコーヒー豆の選別、水・木にコーヒー豆を焙煎しているんです。

 

僕も会社員時代は、週末営業の店を見ては営業日が週に3日だけでよく成り立つなぁと思っていたけど、お店を閉めている曜日にする仕事も当然あるんだよね。個人事業主には基本的に休みの概念はないし。休日もお店のことを考えているから。

 

とはいえ、週3日でもやりくりできるのは、年金があるのも大きいから、そうでない場合はどうするか、その方法を考えないとだね。

初期費用を抑えるためにDIYでやりくり。でも若い人は借金をするのも一つの手段

——「もったいなかった」と思える範囲でのスタートということは、開業資金はすべて自己資金でしょうか?

自己資金はそれまでの貯金で、約200万円かな。内訳は、物件取得費用が家賃の数カ月分で60~70万円。そのほかの設備投資(たとえば焙煎機など)は130万円くらい。

 

この物件はもともと事務所用で飲食店向けではないから、カフェ風に凝ろうとしたら、すぐに1,000万円以上かかってしまう。でも、中を見せてもらったら白い壁がきれいだったので、それを生かすことにして、台や棚、シンク、本棚は材料を買ってほとんど自分で作ったの。

 

借金をせずに済んだのもあって、初期費用は1年ちょっとで回収することができた。あとは利益を生むだけの状態だね。

——飲食店の開業に200万円はリーズナブルですね。

費用は抑えられたけど、全部自分でやるのは付き合いが狭くなるから、特にビジネス的なつながりができないデメリットがあるんだよね。内装を業者にお願いすれば、その人たちがお客さんになってくれるかもしれない。あるいは、その会社の人が別のC(コンシューマ)を連れて来てくれるかもしれない。それに、「別の店でこういう方法を取り入れたんですけど、どうですか?」とアドバイスももらえたら、視点も広がるよね。

特に若い人がお店を始める場合、身の丈にあった範囲での借金なら、外部の力を借りた方がいいんじゃないかな。そのほうが、後々“何か”につながる可能性もあるからね。

お店をオープン! ところが、翌年にブルーボトルコーヒーが上陸

——奥野さんのお店がオープンしたのは2014年1月。2015年にブルーボトルコーヒーが日本に上陸しましたが、経営面で厳しい場面はありましたか?

実はね、ブルーボトルコーヒーのおかげで街全体ににぎわいが生まれて、振り返ってみると売り上げには好影響だったの。むしろ不安に感じたのは、ブルーボトルさんが来る前なんだよね。

——それはどういうことでしょうか?

自分が店をオープンしたとき、清澄白河の街にはそれほど活気がなくて、店の前を通るのは猫とおばあちゃんくらい(苦笑)。そんな中、ニュージーランドからコーヒー屋さんがくる噂が立ち(※)、しかもコンビニコーヒーの勢いもあって、せっかくお店を始めたけど1年も経たないうちにたたまないといけないかも……と、すごく不安だった。

でも、ブルーボトルさんがきてから、清澄白河に若い人が多く来るようになって、街に人が増えた。実際、売り上げにも変化が生まれたの。

※オールプレスエスプレッソは2014年8月にオープン。

——どのくらい変わったのでしょうか?

初年度は開業費用を計算に入れると赤字でしたが、売り上げをみると初年の2014年が250万円。それを基準にすると、2015年が1.75倍、2016年が2.04倍、2017年が1.86倍(推定)になります。

 

おそらく、ブルーボトルさんが来ていなかったら、2014年並のラインで推移するんじゃないかな。2017年の予想売り上げは急降下していないから。ブルーボトルさんの集客効果は落ち着いたものの、清澄白河の街が多くの人に周知され、一定数の人が来ることになっている現れかもしれないね。

1杯300円は安かった? 値付けの難しさ

——コーヒーは1杯300円ですが、結構安めの設定ですよね。

値付けって一番難しいんだよね。考えたのは、お客さんが「無駄遣いをした」って思わない価格設定。今でこそ人通りがあるけど、オープン当時はそういう状況ではなかったから。その中で、住まいの近所のコーヒー屋さんのコーヒーに、1杯500円や600円を出そうとは、きっと思わないよね。

 

だけど、もう少し高くしたほうが良かったなと思っていて(苦笑)。「このクオリティでこの値段は安いよ」とお客さんから言われるけれど、価格は安くても高品質のコーヒーを提供する努力はしているよ。

——売り上げについて、目指していることはありますか?

いまは妻と二人で経営しているけど、それだと店としてはよちよち歩きの赤ちゃんみたいなもの。できれば、スタッフを雇ってマネジメントができるように、もう一段階ステージを上げていきたいとは思っているんだよね。でも、今の状況では人件費で利益がなくなるから、売り上げをあげることも考えないと。

 

ただ、これからの人たちの支援や育成を視野に置くことと、人の生活の糧になった証として月商40万円あれば十分な小商いを続けていきたいね。

個人事業を始めるコツは、信頼できるパートナーがいることが大切

——これからお店を始めたい人にアドバイスをお願いします。

個人で事業をおこすって、一人でなんでもやると思いがちだけど、それではとても大変。一番大事なのは、一緒に仕事ができて、お互い信頼できるパートナーがいることなんだよね。そういう人を見つけるのが何よりも重要。

 

お客さんが来ない中、店に一人でいるのって結構苦しいよ。だけど二人なら、「こういうとき、どうしたらいいか」ってお互いの考えを話し合える。

 

夫婦でも恋人でも、友人でも。そうした人がいれば、気持ちも楽になって、大変なことも乗り越えやすいんじゃないかな。

Interview
奥野喜治さん
奥野喜治さん

ANA在職中の2013年10月に個人事業として「karny curation company」を開業。2014年1月にコーヒースタンド「sunday zoo」をオープン。2016年にANAを退職し、現在はコーヒースタンドの運営と、前職と現在の店舗運営の経験を生かし、個人事業主向けのマネジメント支援事業も行う。
▼sunday zoo
http://www.karny.jp/sundayzoo/

Writer Profile
南澤悠佳
南澤悠佳
ノオト

有限会社ノオトに所属していた編集者、ライター。得意分野はマネー、経済。

Twitter ID:@haruharuka__

Free Download 無料ダウンロード資料
確定申告の基礎知識に関するマンガや資料を
無料でダウンロードいただけます。