ここ最近、いくつものショップが相次いでオープンし、古着街として成熟しつつある三軒茶屋。そんな競合店ひしめく中、中嶋真央さんが経営する「zig usedclothing」だけは、ほかの古着店が集中する“密集エリア”から離れた場所に位置します。
駅から徒歩7~8分という立地が不利に働くかと思いきや、「この場所に店を出せてラッキーだった」としみじみ語る中嶋さん。他店とは一味違う個性を確立してみせた彼の手腕や方法論などについて伺ってみました。
当初は古着屋ではなく、古着屋向けの“卸し”をやるつもりだった
――どういう経緯で、古着に携わるようになったんでしょうか?
美容師として2年間働いた後に退職し、「とりあえず海外へ行ってみよう」という思いからワーキングホリデーでカナダに行きました。
たまたま兄貴がカナダのトロントで古着の仕事をしていたんです。日本の古着屋に所属しながら、向こうでバイイングする「ピッカー」という仕事なんですが「こっちにいるんだし、お前もやれよ」と紹介され、古着が大好きだったんで関わることにしました。
“寄付する文化”のカナダには、いらない服が雑多に並ぶ「スリフト」という場所があって、そこから売れる服を選ぶ仕事です。古着の知識があったからか僕は初めから意外とできてたっぽくて、売れるものと売れないものを選別しながら服を買って日本へ送ってました。
――日本へ帰ってきてからは、どういう仕事をされたんですか?
1年半で帰ってきて、カナダで働いていた日本の会社に所属し続けました。東京には古着屋さんが買いに行くような卸し業者があって、そこで半年くらい働きました。古着屋のオーナーさんがアメリカに行けないときは卸しへ買いに来て、僕がカナダから送られてきた服をオーナーさんにつなぐ役割です。
でもその仕事がどうしてもつまらなくて感じて、ずっと好きで行ってた三軒茶屋の古着屋さんへ転職することにしました。
――その古着店に入ったとき、始めから独立は想定されていたのでしょうか?
最初から独立は想定していたんですけど、お店ではなく日本で卸しをやろうと思っていました。
たとえば、あるコートはお店では1万8,000円で売れます。それを僕が卸しで8,000円で売っても、古着屋さんにとっては1万円の利益があるので買ってもらえるんですよ。
僕の利益がどうなるかというと、そのコートは現地では10ドル99セント(1,200~1,300円※2017年3月7日時点)くらいなんで、日本で卸しとして8,000円で売っても食いっぱぐれることはないなと思いました。
だから、日本の田舎にあるでっかい倉庫に古着をザーって並べ、アポイント制で古着屋さんに営業をかけて仕事していこうと思っていました。
――それがなぜ、店舗という形態に心変わりしたのでしょうか?
卸しでやろうと思ったときは、簡単にいうと勇気がなかったんです。一般のお客さんに服を売って生計を立てていくことに現実味がないと思っていたんですね。
でも店頭で働いていると、お客さんが「中嶋さん!」って買いに来てくれたりする。そういう日々を送っていくうちに3年が経ち「これ、できるかも!」って思えたんです。そのお店ではスタッフとして5年勤め、独立しました。
――ついに独立に踏み出したタイミングというのは、何がきっかけだったんでしょうか?
一番は、自分が売れるものをピックできると確信できたこと。あと、古着屋さんのスタッフって給料が低いんです。たぶん、普通の企業でいう2年目くらいのサラリーマンがもらえる給料をずーっといただいている感じですね。ほぼ、昇給しません。だから、一皮むけるならそろそろかなと思いました。
古着屋の“密集地帯”から離れることで、購買率が上がっていた
――zigの開店資金は、ズバリどのくらいでしたか?
全部で400万円でした。通常は、もっとかかると思います。もし25万円くらいの家賃のところを借りようとすると、保証金だけで十数カ月なので270~280万円は払わないといけなくなる。で、内装費を入れて、仕入れもやって……っていうのを考えたら600万円くらいはかかると思います。
僕は家賃が安い分、保証金が安かったっていうのと、あとは内装をほとんど自分と妻で手掛けたので低く抑えられました。
――400万円の内訳を教えてください。
まず、アメリカへ行く経費など、すべて含めて仕入れで150万円くらい使いました。そして保証金が100万円くらいで、内装は材料費や什器等の費用を合わせても50万円くらい。ほか、雑費を含めても、400万円はかかってないと思いますね。
――三軒茶屋には駅周辺に古着店が密集しているエリアがありますよね。でも、zigはそこから離れています。この立地に、不安や迷いはありませんでしたか?
最初はめっちゃありました(苦笑)。ただ、茶沢通り(三軒茶屋のメインストリート)にまだ誰も古着屋を出してないよなぁ……っていう発想で、僕はずっとこっち側を見ていたんです。
さまざまな業種の商売の先輩たちに聞くと、この通りって家賃が高くて鬼門らしいんです。みんな採算が取れず、閉店するお店も多い。
僕の場合はラッキーで、zigの物件は安かったんです。元々、ちょっとボロいところに店を開きたかったので、最初に内見に来たときに「ここしかねえな!」と確信しました。で、オープン2カ月後くらいに「ここにお客さんが訪れてくれることによって購買率が上がっている」と気付いたんです。
――なぜ、購買率が上がるんでしょうか?
古着店が密集していると、お客さんがハシゴするので他店と比べられがちです。その店だけを目的に行ってないから、お客さんはすぐ出ていってしまう。
一方、zigは駅から7~8分かかる場所にある。それでも来てくれるというのは、「この店に何かがある」と思ってくれている。そこで僕らがちゃんとした接客をすれば、必ず買ってくれる。……というのが、この場所で営業することによる利点だと思います。
あと、入荷した服をアップするお店のInstagramを見て「いいな」と思った人が来てくれることも多いです。
この前も、たまたま日本に旅行されてた中国と韓国のお客さんが「Instagramで見たんだよね」って来て、爆買いしてくれました(笑)。僕は、インスタのおかげですごい助かってます。
古着店オープンを目指す若者から相談され、「考え直しなよ」と諭すケースとは……?
――ところで、服の値付けはどのように決めていますか?
まず、アメリカで買った額はまったく関係ないです。メンズに関しては、古着の大体の相場があるんです。「パタゴニアのこの型のフリースだったらこのくらいの値段」とか、相場感を考えながら決めています。
レディスはメンズとは違って、ビンテージだから売れるということはなく、見てくれで全部判断されます。今っぽくてすごく洒落てる服だったら「これ、高いかな?」っていう値段でもすぐに売れちゃいます。
――女性の方が金払いはいいのでしょうか?
めっちゃいいです! たぶん今、古着屋でレディスをやっていないお店は結構きついと思います。今、女の子の中で流行ってる服って、大抵は古着を参考に作られているんです。だから、新品で4~5万円する高い服を、古着で8,000円に値付けしても売れるし1万5,000円でも絶対に売れるじゃないですか。となると、付けたもん勝ちなのかなと僕は思います。
――zigはお店の客層として、どんな人が挙げられますか?
ファッション関係の仕事をされている方が男女ともに多いかもしれないです。あと、古着店オープンを目指す若い子たちから相談を受けることも多いです。そういうとき、古着屋さんで働いた経験があれば「やりなよ」とは言えるんですが、ただ「君はアメリカへ服を買い付けに行ったことはありますか?」とは聞きます。それがない子だったら考え直すように言いますね。
古着屋を経営するのに「買い付けのルートを確保しているか」が、すごく重要なんです。あとは、買付け時の具体的なノウハウ。
そもそも、アメリカのどこにスリフトがあるかがわからないと行く意味がない。さらに、スリフトで買うにはアメリカでレンタカーを借りる必要がありますし、買った服はアメリカから日本へ送らないといけない。今はエアーで服を送る費用が高いので、それをいかに安く抑えるかも知っておかないと。
――そういう経験を積んでたらやってみてもいい?
ただ、めっちゃ古着が大好きで「ビンテージしか着ない!」って若者が今も結構いるんですが、「そういうお店を作りたい!」って言う子には「絶対無理だよ」ってはっきり言います。
というのも、そういう服が仕入れられるのは古着の強いルートを確保してるお店だからできるのであって。「ビンテージは僕らみたいな個人が探してもそんなたくさんは見つけられないよ」って言いますね。zigではゴリゴリの古いのもありつつ、90年代のものも混ぜて売ってます。
内一度の買い付けで約150万円を使い、1,000点くらいの服を仕入れる
――古着屋のお金の流れとは?
基本的には、お店で商品を売って、利益が出て、それを元手に買い付けに行く……の繰り返しです。一回の買い付けでかかる費用は、レンタカー代や渡航費、服を日本へ送る運送代なども含めて150万円くらい。服を買ってるお金は100万円くらいになると思います。
――150万円って、お店の売上の中でどのくらいの割合になりますか?
2017年2月のこのお店の売上は330万円くらいでした。そう考えると、半分くらいです。今は3カ月に一度くらいのペースで買い付けに行き、一カ月くらい、短くても15日は滞在しています。一回で1,000ピースくらい買います。そして、3カ月ちょいで300くらいの商品を消化します。
――「これくらいあれば安心かな」というラインを、zigではどの辺りの売上額に置いているでしょうか?
zigだったら、自分たちが裕福に生活できる金額は150万円くらいだと思います。うちの店には、自分と妻と雇っている1人のスタッフの計3人がいるんですが、それくらいあれば全然生活はできると思います。この店だったらですよ? ここは家賃が安いので(笑)。
――今後、お店をこうしていきたいという展望はありますか?
僕は、“古着”としてというより“ファッション”として古着を見れる人がいっぱい来るお店がすごいと思っているので、セレクトショップでバイイングしてる人とかデザイナーさんとかスタイリストさんとか、ファッションをめっちゃ知ってる人たちが来てくれる店をつくっていきたいです。でも、それが一番難しいんですよね(笑)。