「養豚は儲からない」を変えたい! 国産ブランド豚に人生をかける夫婦の挑戦

食用の豚を育てる養豚業。最近は、豚肉の価格低下や臭い問題による周辺からの苦情で、廃業するケースが相次いでいます。

 

そうした中、千葉県木更津市にある「平野養豚場」は、22歳から父親が経営する養豚場を手伝ってきた賢治さんと看護師だった恵さんの夫婦が、先代から養豚場を受け継ぎ、ブランド豚の飼育に励んでいます。

 

これまでの販売ルートとは異なる、新たな販路拡大に向けて奔走しているお二人。仕事にかける想いや苦労、売り上げについて聞きました。

廃業予定だった養豚場、継続のきっかけは“妻の去勢手術”

――「平野養豚場」を継がれたのは、いつからですか?

賢治さん:2012年頃になります。もともと私の父が経営していて、私はその手伝いをしていました。でも、利益が出ないので2012年に廃業予定だったんです。


恵さん:廃業に向けて豚も減らしていたのですが、その矢先に義父の腎臓がんが見つかって。私は当時、賢治さんとはまだ結婚していませんでしたが、看護師として働きながら養豚場を手伝っていました。でも、「本当に廃業でいいのかな……」って。


賢治さん:2012年は、豚の価格の下落が止まらない時期で、相場も底値でした。ただ、設備投資などの借金は父親の代ですべて返済できていましたし、この養豚場を壊さなければいけないのはもったいないなってモヤモヤしてましたね。

 

そんなとき、父が入院中に恵に雄豚の去勢手術をしてもらったんです。そしたらすんなりできて。養豚は去勢も仕事のうちで、資格は要りませんが技術は必要なんです。去勢手術の手際の良さに、これなら結婚して二人で頑張ればあと5年くらいは続けられるかもなって(笑)。

――それはまたすごい理由ですね。恵さんは、2016年まで看護師と掛け持ちで養豚場を手伝われていたとか。辞めることに抵抗はなかったのでしょうか?

恵さん:掛け持ちは身体もしんどいし、養豚にシフトチェンジしました。でも、養豚の方がよっぽど楽しいと思いましたね。人間は文句が多いので(笑)。私は社宅育ちで、これまでペットを飼ったこともなかったんですが、朝から晩まで豚と一緒にいても全然苦じゃないです。

起床は朝4時、二人で1,300頭の世話を黙々と続ける

――では、1日の仕事の流れについて教えてください。

賢治さん:朝4時に起きて、餌やリにはじまり、糞尿の掃除、病気のチェックの順番で進めます。午前中は手を休める時間はないですね。あと大事なのは豚舎の温度と換気の管理。これを怠ると豚の体調不良を誘発してしまうんです。

春先から夏場にかけては、昼間は暑くなるので窓の開け閉めが大変です。夜になって冷えてくるまで帰れません。あと、夏場は豚に水を掛けなきゃいけなかったりもします。ほかにも、薬や餌の管理や発注、電気の配線や建物の破損があれば自分たちで修理するなど、毎日山のように仕事があります。


恵さん:時間になったら帰って食事して、毎日20時くらいには寝床に入ってます。仕事中はゆっくり立ち止まって話ができないんですけど、なんとなくやることが分担されているので、“あうんの呼吸”で作業を進めています。私は去勢やワクチンの注射、難産のときは子宮に手を入れて子豚を引っ張る、子豚が親豚に踏まれてケガをしたときに縫合、豚の部屋の洗浄作業をします。


賢治さん:養豚の仕事は細かいことが多いのでなかなか人に任せられない、説明が難しいものがあります。特に豚舎の開け閉めは、重要な作業ながらも感覚的でもあるんです。豚はちょっとした暑さ、寒さの変化で出荷間際に死んでしまうこともあるので、マニュアル化できないんですよね。

「おいしいお肉になれ」と思いながら育てる

――そうやって大切に育てている豚とあって、愛着がわいてしまうことはないんですか?

賢治さん:それは全くないですね。「いいお肉になれよ」っていう感じです。


恵さん:私も同じです。もちろんかわいいですけどね。看護師経験があるからか、死ぬことに対して割り切って考えられるんです。そうじゃないと続けられないですよね。だから、普通に会社勤めをしていたら、養豚をきつい仕事に感じたかもしれないなとは思います。

――個人事業主として夫婦で同じ仕事をすることは、どんなメリットがあると思われますか?

賢治さん:以前、従業員を雇ったことがありましたが、来たり来なかったり、急に休まれたり、辞めちゃったりというのがありました。夫婦だとそういう心配がないですよね。


恵さん:私も看護師で雇われていたときは、休みも自分本位で決めていましたが、そもそも養豚には休みがないですからね。いまは看護師時代以上の責任を感じています。どんな業務も“自分事”ですからね。一緒に仕事をしているとお互いの大変さも分かり合えますね。


賢治さん:「水瓶が壊れているかもしれない」「餌箱から餌が出てこないかもしれない」とか、そうしたことを予想し、気づくためには、大前提として自分事じゃないと務まりません。養豚は本当に小さい仕事の積み重ねなので。

感染症は大打撃! 「口蹄疫」以外の保障がないのが現状

――豚の飼育にあたって、気を配られていることはありますか?

賢治さん:「PED(豚流行性下痢)」が日本に入ってきてからは結構ピリピリしていますね。人間でいうとノロウイルスみたいな感染症ですが、子豚は免疫がなく、吐き下してしまってすぐに死んでしまいます。うちにもPEDが入ってきたときがあって、それはもう酷かったですね。

 

恵さん:150頭くらい死んでしまいました。その後も調子が悪くなって妊娠しないとか、流産するとかで1年から2年くらいPEDの影響が続きました。

――そうした病気を保障する保険などはあるんですか?

賢治さん:口蹄疫であれば保障はされますが、そのほかの病気に対してはありません。そのため、ウイルスの侵入にはとても気を使っていて、豚舎には基本消毒したものしか持ち込めないようにしていますし、豚舎に入る前には必ずシャワーを浴びています。

餌代だけで年間5,000万円! 養豚業は売り上げに対して利益が出にくい

――売り上げはどれくらいになるのでしょうか?

賢治さん:年収は9,000万円、良い時で1億円を超えるかなというくらいです。そこから経費を差し引いて、残りが収入になりますね。

――設備維持費などが、かなり掛かるのではないかと思います。経費にはどのようなものが含まれていますか?

賢治さん:設備については減価償却していますが、修理用の部品にはかなりお金が掛かります。一番修理にお金が掛かるのが、定期的に交換が必要な機械です。自動で豚の糞尿を豚舎の外に排出できる「除糞機」で、一台で20万円くらいします。浄化槽をふくめ糞尿処理の機械には、相当お金が掛かります。あとは、餌代だけでも年間5,000万円前後ほどですね。

そのほかに大きい出費としては、親豚の調達です。私たちは「林SPF」というブランド豚を飼育していますが、父豚と母豚はそれぞれ別の豚種になるため、生まれた子豚を掛け合わせることはできません。そのため、年に2回ほど親豚を宮城から購入してくるのですが、これに300万円くらい掛かります。

――では、売り上げはどのようなかたちで立つのでしょうか?

賢治さん:基本的には魚などと一緒で、“競り”によって決まります。私たちは東京と横浜の2つの市場に出荷していますが、東京・横浜・埼玉の3市場で決められる相場で値付けされることになります。

市場では屠畜後に骨が付いたままの「枝肉」を、見た目や肉質などで審査をして、「極上」「上」「中」「並」「等外」と格付けされます。それぞれの等級によって1キロ当たり20円から30円くらい値段が変わってきてしまいます。ただ、出荷しすぎても値崩れしてしまうので、そのバランスが難しいんです。

 

恵さん:骨が付いたままの状態の「枝肉」のときは、「平野」ってハンコが押してあるのでわかるんですけど、骨を抜いたパーツになると誰の肉かわからなくなっちゃうんですね。どんなに頑張って質のいい豚を育てても、一緒くたになってしまう。消費者は「“平野養豚場の”林SPF」 かどうかわからないので、私たちが育てた豚だということをアピールできないんです。

――飼育する側としてはもう少し付加価値がほしいところですよね。

恵さん:そうですね。だから市場に出すだけでは勝負できないと思って、地元木更津をメインに私たちの豚を1頭使いたいと言ってくれる飲食店を増やそうと活動しています。そうすれば、豚価も上がるんじゃないかなって。

 

賢治さん:本当は私たちが直接市場で購入できるのが一番いいのですが、簡単に購入の権利をもらうことができません。なので、競りの権利を持っている信頼できるお肉屋さんと、千葉市のお肉屋さんを繋げて、市場に出て落札された豚を地元木更津の飲食店さんにお届けするという流れを採用しています。いま現在、13軒の飲食店がこの取引で契約してくれています。

――とはいえ、豚の飼育にくわえて業務も増えることになりますよね。それでも、ルートの開拓にこだわられる理由とは?

恵さん:私たちとしては、誰が飼育したかわからない「林SPF」を、平野養豚場で作った「林SPF」として指定買いができるようにしたいんです。「平野養豚場の豚が欲しい」って言ってくださる飲食店さんが増えれば、付加価値がちょっとずつでも上がるんじゃないかなって考えています。

 

賢治さん:昔は、“定時定量”が求められていたこともあり、ひとつの農場では量が賄えませんでした。しかしいまは、「あそこで育てている豚が売れているから欲しい」と、指定して求める時代になってきている。だから、いろんな需要に合わせて行動していくことが、養豚を持続するうえで欠かすことができないんじゃないかなと思うんです。

 

恵さん:顔が見えるのが一番いいですよね。ブランド豚が欲しいというより、「どんな育て方で、どんな想いを持った人が作っているのか」を皆さん知りたがっています。そのプロセスを知ると、平野養豚場がいいって思ってくださるんです。

――今後、思い描いている目標はありますか?

賢治さん:僕はこれからも人に感謝される仕事をしていきたいです。飲食店さんから「おいしいお肉をありがとう」と言ってもらえる瞬間が何よりうれしいので、そうした機会を増やしていけるように頑張っていきたいです。

 

恵さん:私は豚舎見学などを通じて、「食育」をしたいですね。養豚は手を抜こうと思えば抜ける世界。だからこそ、「私たちはしっかりやってるよ」「餌代は高いけど意味があるんだよ」「ワクチンは最小限になるように頑張ってるよ」というところを伝えていきながら、なるべく国産を手に取ってもらえるような機会を増やしていきたいと思っています。

Interview
平野養豚場
平野養豚場

千葉県木更津市で三代続く養豚場。昭和48年から抗生物質やワクチンが少なくて済む銘柄豚「林SPF」の飼育をスタート。現在は平野賢治さんと妻の恵さん夫婦が二人三脚で切り盛りしている。

https://www.facebook.com/kisarazu.hiranoyouton/

Writer Profile
末吉陽子
末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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