「子どもが体調を崩し、数日間保育園に預けられないけど、外せない仕事がある」
「保育園に預けられるようになるまでの間だけ子どもの面倒を見てもらいたい」
「子育てを一日だけお休みしたい」
育児中は、誰か代わりに子どもの面倒を見てもらえたら……という場面がたびたび発生します。身近にお願いできる人がいない場合、頼りになるのがベビーシッターの存在。大多数のベビーシッターは派遣会社やマッチングサイトに登録していますが、なかには、フリーランスとして活躍している人もいます。
子どもと関わる仕事に携わって約20年の池田香織さんもその一人。幼稚園勤務やベビーシッターの派遣会社に登録していた経験も持つ池田さんに、独立の経緯やリアルな収入事情について語っていただきました。
幼稚園の先生からキャリアをスタートし、ベビーシッターに転職
――池田さんは短期大学を卒業後、私立幼稚園に3年間勤務されてから、ベビーシッターの派遣会社に10年ほど登録。並行して非常勤保育士として働かれていた時期もあったとか。
昔から子どもの世話が大好きで、いまも子どもに関わる仕事なら何でも天職だと思っています。なので、幼稚園に限らずいろいろな仕事で経験を積みたいと思い、当初は保育所への転職を考えていたんです。
ただ、失業保険の兼ね合いで正社員では働かず、短期間のつもりでベビーシッターの派遣会社に登録しました。一家庭からのご依頼は大体3時間ほどなので、1日に2件から3件かけもちして、なんとか生活していましたね。そのため収入は厳しく、当初は時給に換算すると東京都の最低賃金に満たない月も……。
その後、ベビーシッターと並行して非常勤保育士として働き始めるようになって、やっと安定した生活が送れるようになりました。まさか10年近く非正規で働くと思わなかったのですが、性に合っていたんだと思います。
――では、独立を決意されたのにはきっかけがあったのでしょうか?
一番大きかったのは、保育所の事情で非常勤保育士の契約が延長されなかったことです。どうしようかと真剣に悩んだ結果、ベビーシッターの仕事で独立しようと考えました。ただ、独立するには、子どもに何らかの損害を与えてしまったときに備え、ベビーシッター向けの損害賠償保険への加入が欠かせません。しかし、個人事業主として「実績が足りないから」と断られ続けてしまったんです。
そんなこんなで、1年ほど経った頃に、たまたま派遣でお伺いしたご自宅で同じ時間に家事代行として入られていた方が、損保ジャパンの保険の外交員も掛け持ちでされていて、個人でも加入できる「施設賠償責任保険」を勧めてくださったんです。
「施設賠償責任保険」は、他人の身体やモノに損害を与えた場合に備える保険で、フリーランスのベビーシッターでも加入できるはずだということで、手続きを進めていただきました。それまで断られてしまった保険会社にも用意があったようなのですが、おそらく私のようにフリーランスのベビーシッターを加入させた経験がなく、判断がつきかねたんだと思います。ようやく個人で加入できる損害賠償保険を見つけることができたので独立を決意。2009年4月に開業届を提出しました。
ママたちのクチコミだけで仕事を開拓
――お子さんは何歳から預かっていらっしゃいますか?
お子さまのみのお預かりは、1カ月検診あたりからです。ちょうどお母さんの身体が妊娠前の状態に戻るとされている「産褥期(さんじょくき)」明けの頃ですね。私は、遊びを得意としているシッターなので、基本的にはお子さんと遊べるようになる産褥期明け1カ月からお預かりしています。
ただ、産褥期にもお母さんが体を休めたいときもあると思います。その場合は、お母さんが一緒にいること前提でお預かりすることもあります。ちなみに、いま一番幼少の子で4カ月のお子さんをお預かりしています。
――託児の依頼はどのようなルートで舞い込むのでしょうか?
基本的にはご紹介で依頼をいただくことがほとんどです。私はインターネットに疎くて、自分のウェブサイトを作成していないんです。問い合わせ窓口は私個人のFacebookだけ。正直、恐る恐る使っている感じです。ご依頼いただいてからメールアドレスをお伝えしてやり取りをしています。
最初に親御さんと顔合わせをして、お任せいただけることになれば、ご都合にあわせて日程を組みます。現状、曜日と時間が決まっているのは一家庭のみで、ほぼ単発で早いもの順で埋まっている状態です。一家族あたり月1回から2回くらいのペースでご依頼していただきます。
ときには依頼主家族の海外出張にベビーシッターとして同行
――親御さんは、どのような託児をご要望されていますか?
多いのは、「保育所に迎えに行ってほしい」というご相談です。家の鍵をお預かりして、ご家族が帰宅するまで付き添うこともあります。あとは、「水族館に連れて行ってください」とか、「電車が好きなので見せてください」といったご希望も。
最近だと、「地方や海外への出張に子どもを連れて行くから同行してほしい」という依頼も増えていて、先日は旅費も負担していただきアメリカに同行させていただきました。
――アメリカとは、またすごいですね! ご家族とそれだけの信頼関係を築けるのはなぜなのでしょうか?
子どもとの「1対1」の時間を丁寧に過ごしているところを、評価していただいているのかもしれません。その子の性格や志向をじっくりと知ることについては、相当力を入れています。お子さんの年齢にもよりますが、私は子どもには昼寝と食事が大事だと考えています。それを軸に逆算して空いている時間で公園に行ったり、暑い日であれば水遊びできる場所に出かけたり、楽しめることをその都度、計画します。
また、お家での預かりのときは、塗り絵や折り紙のほかにも、「紙コップ」「紙皿」「モール」「ストロー」「マスキングテープ」などの材料をはじめ、「トイレットペーパーの芯」や「ペットボトル」といった廃材を使って、何かを創造して制作することもあります。
私は、子どもの好きなことにあわせて、一人で遊ばせるのではなく“一緒に”楽しむことを大事にしています。一緒に作るといっても協力して1つの物を創り出すだけではなく、個々に手を動かして時間を共有する。こうするのは、個々を認める時間を過ごせることにつながるのではないかと考えているからです。ちなみに、翌朝のことを考えて、夜中にテンションが上がり過ぎないよう接するようには気をつけていますね。
子どもとの向き合い方は“仕事”と割り切れない。あるときは本気で喧嘩をすることも
――お子さんに対しては、“しつけ”もされるのですか?
そうですね、私は「親と先生」の間、あるいは「保育と育児」の間の立ち位置で仕事をしています。たとえば、保育では「環境設定」が大事だといわれていて、遊ぶにしても場所を安全に整えることが重要。散らかった遊び道具は一旦きちんと片付けるように指導してから、遊ぶようにしています。
あとは、玄関で靴をそろえるといった日常のマナーについても、さりげなく指摘するように心掛けていますね。「靴を脱いできれいにそろっていたら気持ちいいよね?」というように言葉がけをしています。
――お子さんの健全な“育ち上がり”にも踏み込んでいらっしゃるのですね。
お預かりしたお子さんには「一人で生きる力」を身につけてほしい。そのためなら、お子さんと喧嘩も辞さない覚悟です。私も泣くし、泣かせることもあります。「なんでわかってくれないの?」、「嫌なんだよね。それはわかるよ。でも私はこう思うんだ」って。ただ、お子さんと本気でぶつかれる関係になるためには、会う回数を重ねていかないと難しいですね。
「正直、お金には執着してない」、料金は1時間単位で設定
――現在、池田さんのベビーシッター料金は、3時間からの預かりで、1時間あたり平日9時から18時で2,000円(税抜、以下同)、18時から21時で2,400円、21時から9時で3,000円と設定されていますよね。これはどのようにして決められたのでしょうか?
やはり自分の価値を認めてもらえる人に出会いたいという思いがあり、料金設定については派遣会社の相場を踏まえて、あまりこだわらずに決めました。基本的には、外ではなくご自宅でお預かりする前提での料金設定にしています。「ご自宅以外は別途料金をいただきます」という設定にしています。やはりお子さんが安心して昼寝と食事ができる場所は、お家ですので。
r――収入の目標はありますか?
月収30万円をコンスタントに稼げるようにしたいとは思っています。ただ、正直お金に執着すると仕事の質が落ちるので、あまりこだわってはいません。依頼が全然入らないときもありますし、申し込みが重なるときもあります。フリーランスならではの難しさですよね。
ベビーシッターとして子どもたちと過ごす毎日は刺激にあふれている
――収入面もさることながら、フリーランスに孤独感はつきものですよね。池田さんは昨年、フリーランスベビーシッターが集える団体を立ち上げられたとか。
「ベビーシッターを考える会」を仲間3人で立ち上げました。スキルアップを目的に、元保育士さんや家庭的な保育サービスを行う「チャイルドマインダー」、訪問保育の「ファミリーサポート」をしている方たちと、「ベビーシッターをより安心・安全にかつ気軽に利用できる社会」を目指して勉強会や交流会を月1回開催しています。
最近は都内だけではなく、地方にお住まいの方も登録してくださるようになりました。学びながら、絆を深めていければと思っています。
――新しい“共同体”の醸成にも尽力されているのですね。では、最後に池田さんがベビーシッターを天職だとお考えになる理由について教えてください。
私は事務職が苦手なんです。同じ場所にずっと座っていられない性格なので。でも、子どもたちと一緒にいると毎日新しい発見があって、それが最高に面白くて新鮮でスリリング。訪問する場所も時間も日々違うし、この20年間一度として退屈な日がなかったので、これからもきっと飽きることはないだろうし、同じような日はないんだろうなと思うとワクワクします。
あとは、子どもたちの成長を見守っていきたいです。ちなみに今、生後11カ月からベビーシッターとしてお世話をしていた子が大学に進学したのですが、年に一度一緒にご飯を食べに行くことが一つの生き甲斐になっています。
※お子さんのお写真はご家族の許可のもと、撮影しています。