人材採用にまつわる情報やノウハウを武器にする「採用コンサルタント」。企業と求職者、双方にとっての知恵袋であり、戦略家としても重要な存在です。その多くは求人広告会社や人材紹介会社といった組織に属していますが、なかには独立している人もいます。
谷出正直(たにで・まさなお)さんも、フリーランスで活躍する採用コンサルタントの一人。新卒採用領域でキャリアを積んできた谷出さんは、その情報収集力や分析力の高さから、採用戦略を考える企業はもとより、メディアからも引っ張りだこのスペシャリストです。「営業しなくても仕事の依頼がある状態」を考え、取り組む谷出さんに、フリーランスとして働くうえで心掛けてきたことについて教えてもらいました。
「卓越」「専門性」「自己成長」「貢献」を追求! 営業せずとも仕事が舞い込む営業マンになる
――谷出さんは、筑波大学大学院体育研究科を修了後、新卒で人材採用・入社後活躍サービスを提供するエン・ジャパンに入社されています。就職先はどのようにして決められたのでしょうか?
当初は、教員になるつもりで大学院に進学しました。陸上競技(部活動)を専門的に教えられるようになるため、走る動作について研究をしていたのですが、2年生のときに「このまま社会について知らない状態で、生徒に向き合っていいのか」と、ふと疑問を抱いたんです。大多数の生徒は、「学校」とは関係ない仕事に就くわけで、自分はこのまま教員になって「社会」を教えられるのかなと。そこで、世の中を見てみようという気持ちで、民間企業への就職活動を行いました。
はじめての就職活動を通して、いろいろな企業や社会人の価値観に触れ、「まずは社会に出よう」と思いました。そのうえで、自分はどんな仕事をしてみたいか考えて、まず社会を知るには営業職が最適だろうと。有形商材だと商品次第で売れるため、より介在価値があるものがいいなと無形商材を、さらに経営者と直接関わる仕事でビジネススキルを高めたいと考えて入社を決めました。
――独立まで約11年間勤められたとのこと。どのようなことを意識して、仕事に向き合いましたか?
「卓越」「専門性」「自己成長」「貢献」の4つのキーワードです。実は、大学院を卒業するまで、ほぼアルバイトもせず、体育会で陸上競技(短距離・400m)に取り組みました。部活と研究に注力していたので、世の中のことをあまり知らなかったのですが、社会人になり仕事で成果を出す人とそうでない人の差を分析したときに、部活で大切にしてきたことに通じるものを感じました。
陸上では、選手として卓越するために専門性を身につけ、いかにタイムを短くするかで成長を図り、さらに自分が得てきたことを周囲にどう貢献するかを考えてきました。それを仕事にスライドさせて、クライアントの役に立つためには、どのように卓越して、どんな専門性を身につければ成長につながるかを追求しましたね。
――具体的に、その4つのキーワードをどのような行動に落とし込まれたのでしょうか?
クライアントにとって、ゴールは求人広告を載せることではなく、求めている人材の採用成功です。そのため、広告出稿してもらうための営業ではなく、どうしたらそのゴール、採用成功を達成できるのかアドバイスできるのがプロだと思うんです。たとえば、採用活動に関して質問されたときに、即座に答えられないというのは、専門性を持ち合わせていることにならないなと。広告を売って終わりの営業ではなく、相手が求めているものに応えられる知識やノウハウ、経験、実績が必要だと考えて、さまざまな成功事例を頭に叩き込むところからはじめました。
――プロとしてそれが大前提だと。
そうですね。だって病院に行ったら、よほど疑問を持たない限り、医者から処方された薬を購入しますよね。でも、営業マンは真剣に話をしても、けんもほろろに突き放されてしまうことが多い。じゃあその違いは何かというと、ひとえに専門性に対する信頼度の違いだと思うんです。そもそも信用がないところからのスタートなので、質問の答えを的確に返せないと、信頼関係を築くことすらできません。知識量や経験を増やすことで、「あなたの役に立ちたい」という気持ちを分かってもらうためのスタートラインに立てるんです。
――なるほど。そうした意識は結果に表れてくるものですか?
そうですね。すぐに、というわけではないですが、徐々に結果が出てきました。そして、自然と「採用活動について、谷出さんにお願いしたい」と言ってもらえるようになって、営業する時間が、限りなくゼロになりました。
――ゼロ!?
はい。私は新卒採用領域を担当していたので、前年にしっかり貢献や信頼関係の構築ができれば、「今年もお願いします」と声をかけてもらえます。そうするとゼロからの新規開拓をしない分、企画書や提案書をつくる必要がなくなるため、さらに知識を蓄えたり、事例を分析したり、採用成功につながることに時間を費やせるので、とても効率的に動けるようになりました。
依頼される仕事は、「まず受ける」と決めていた「イエスマンキャンペーン」で自分の可能性を広げる
――会社でのキャリアも順調だったと思いますが、何がきっかけで独立に至ったのでしょうか?
実は毎年、自分自身で目標設定と振り返りを行いながら「貢献」できる領域を増やしていこうと考えていました。会社にいると目標数字の達成は当たり前のことですが、同じ仕事を工夫しながらも続けていくと自己成長は鈍化するのでは、と感じていたんです。同じ役割を担っていると、仕事の面白さも減っていってしまうなと。それで、自分なりに納得して外に出て、新たな挑戦をしようと決断したのが、11年目のタイミングでした。
――転職ではなく、独立を選ばれたのはなぜですか?
それは、たまたまです(笑)。
――たまたま?
辞めると決めたものの、同時に転職活動をしていませんでした。今の仕事をやり切ってから、落ち着いて将来そのものを考えようと思っていたので。年末に退社して2カ月ほどは、お世話になった方に報告も兼ねて挨拶まわりをしていたら、「こんなことできない?」と相談されることが多かったんです。やはり採用関連のアドバイスを求められることが多くて、それに応えていった結果、採用コンサルタントとしての独立につながりました。
――フリーランスの採用コンサルタントとして、食べていける自信はありましたか?
最初は、相場がよく分からなかったんですよね。なので、「イエスマンキャンペーン」と称して、依頼のあった仕事については「行う」前提で話を進めていました。そもそも、自分に何かを期待しているから相談してくれるわけで、一旦稼ぎを脇に置いて、まずは視野や出会いを広げようと思ったんです。自分が見ている世界はきっと狭いので、相手が期待している自分の可能性を信じることで、進むべき道が見えてくるかなって。
なかには、安く使ってやろうというノリの人もいましたが、自然と疎遠になっていきましたね。約1年半のイエスマンキャンペーンを経て、自分の価値が見えてきたので、採用コンサルタントとして食べていける見通しが立ちました。
――損して得取れ、ですね。
はい。お金のことは心配でしたが、相手の期待を越える貢献をしていくことで感動が生まれ、価値に対して対価を支払うと考えてくださる方が多かったので、生きていけるだろうと思っていました。というか、収入のことを考えはじめると「お金を得るために独立したのか」という話に立ち返ってしまい「いやいや本当に自分がやりたい仕事をするためだよな」と。ただ、独立3年目で年収は会社員時代の2割増し、時間単価は1.6倍なので、まずまずかなと思っています。
――お話を伺っていると、あまりお金に執着されていないような気も。
贅沢にも興味がないですし、物欲もない方かもしれません。とはいえ、家族がいるので生きていくお金は必要です。でも、お金にならないからこの案件を受けるのは控えようというのは避けたいんですよね。もちろんボランティアでの貢献ではなく、提供する価値に見合う対価をいただきたいとは思いますが、未経験の仕事や意義があると思える仕事は、費用に縛られず引き受けたいです。
すべての人がイキイキと働ける社会をつくりたい
――テレビやメディアにも引っ張りだこの谷出さんですが、現在どのような仕事が多いのでしょうか?
講演や研修が多いですね。学生向けの就活アドバイスから、企業経営者や採用担当者を対象にした採用方法のセミナー、大学のキャリアセンター職員向けのセミナーまで種類はさまざまです。いわゆる就職活動や採用活動の文脈に関わってくることなら、全方位的に引き受けることができます。
――仕事の依頼は、どのようなルートで届きますか?
これまでつながりある人からの依頼や紹介、問い合わせから、仕事の依頼をいただくことが多いですね。テレビ局や新聞をはじめとするメディアの人は約100人とやり取りしています。皆さん「採用活動や就職活動について、何かあったら谷出さんに聞いてみよう」と思ってくださっているようで、取材依頼も増え、メディアへの露出も増えました。周囲に認めてもらった自分の価値によって、自然と仕事が舞い込むようなかたちですね。なので、会社員時代と同じく、営業はまったくしていません。
――谷出さんならではの仕事への向き合い方が、仕事の依頼という結果に結びついているのですね。
まずは、目の前の仕事にどれだけ真剣に取り組むかが大事だと思うんです。いずれにしてもチャンスは相手から投げられるわけですから。せっかく機会をもらえたなら役に立ちたいですし、自分が発信したことを巡り巡ってセミナーに参加してくれた人、さらにはその人を採用する企業にも、いい影響として伝播させたい。たとえば、私がメディアで採用の好事例を伝えて、それを取り入れてくれる企業がいたら嬉しいなと。その積み重ねによって、誰しもがイキイキと働ける社会をつくる一歩につなげることこそ、この仕事のやりがいだと思います。
――では、最後に「これから挑戦してみたいこと」を教えてもらえますか。
就活生、大学、企業をつなぐ取り組みをしたいです。いろいろなプレイヤーが採用活動に関わっていますが、バラバラになっていて上手く連携できていないように感じていて。それぞれのニーズを汲み取っていない状態では、課題が溜まっていくばかりになってしまいます。なので、私が間に入ることで、プレイヤー同士を連携させる仕組みがつくれないかなと模索中です。今後はいろいろな領域に属する人をつなげて、新しい価値を生み出すことにチャレンジしていきたいですね。