「今、目の前の人のためにできることを出し惜しみしない」 ソングレターアーティスト・安達充さん

想いを音楽にのせた、世界に一つだけのメッセージソングを紡ぐ、ソングレターアーティストの安達充さん。大勢の人に届く曲を作るミュージシャンとは異なり、たった一人のためのオリジナル楽曲を制作する活動で15周年を迎えます。

 

お金という価値に変えるのが難しい音楽というフィールドで活躍している安達さんに、仕事をするうえで大切にしていることを伺いました。

「4つの心」を携えて、人の想いを音楽に変えていく

――安達さんは、ソングレターアーティストの肩書きで活動されていますが、どのような依頼が多いのでしょうか?

結婚式のときに新郎が新婦に歌をサプライズで披露したいと作曲作詞を要望されるケースや、誕生日会・歓送迎会で曲を贈りたいと依頼されることが多いですね。

 

また、企業からの依頼もあります。たとえば、経営理念や社内のエピソード、働きがいを伝えるムービーに合わせたBGMや、社歌を作る仕事もしています。

――曲を完成させるまでの流れを教えてください。

まず、2時間ほどかけてヒアリングを行います。結婚式であれば、お二人の馴れ初めから今に至るまでの歴史など。ヒアリングで一番大切にしているのは、伝えたいメッセージを明確にすること。

 

自分が手掛ける曲をソングレター®と呼んでいるのは、曲を作るというよりは、面と向かって言えない想いを、音にのせた手紙で代弁するお手伝いをしているつもりだからなんです。

――一人ひとりと向き合い、想いを汲み取って曲にするというのは大変な作業ですよね。仕上がりを納得してもらえるかどうかも、できあがってみないと分からないのかなと。

もちろん、ご納得いただけるクオリティを追求しています。ただ、音楽の良し悪しはとても主観的なことなので、完璧に相手のニーズに合わせられるわけではありません。

 

だからこそ、ヒアリングを通して想いを汲み取ると同時に、僕という人間を知ってもらい、「この人が曲を作ってくれるんだったら喜んでお任せしたい」と思ってもらえる関係性を構築することに仕事の主眼を置いています。なので、仕事にかける力は、8割をヒアリングに、残り2割を曲作りに割いています。

――ヒアリングで、心掛けていることはありますか?

「聴」という漢字は、「耳+4つの心」と書くので4つの心を大事にしています。一つ目が、相手の言っていることをジャッジせずに受け止める「肯定の心」。二つ目に、相手の想いに寄り添う「共感の心」。三つ目が、話を聞く一方ではなく、相手が話しやすくなるように自分の経験も交える「開示の心」。四つ目が、「感謝の心」。僕を信頼して喋ってくれること自体が感謝ですし、それを忘れてはいけないと思っています。

借金を抱え苦悩していた頃、人のために曲を作ることに喜びを見出す

――安達さんは、ずっと音楽の仕事をしてきたのですか?

いえ、大学卒業後、資格専門校に入社したもののブラックな労働環境に耐え兼ね、友人とITベンチャーを立ち上げました。作詞作曲は、プライベートの趣味として楽しんでいたのですが、事業が上手く行かず借金を抱えてしまったんです。

――ご苦労されたんですね……。

ただ、借金を抱えてにっちもさっちもいかず、収入の目途もつかずこれからどうしたらいいのか悩んでいた頃、大学時代の後輩が、僕がこれまで作ってきた曲を無料で聞けるホームページを立ち上げてくれたんです。それが一つの転機になりました。

――転機、というのは?

ホームページの開設と同時に、せっかくなら自分のことを知ってもらおうとブログをはじめたんです。それから間もなく、あるブックデザイナーさんが最初にリクエストくれたのですが、ある日、その方のブログに「ネットサーフィンをしていたらリストカットしている女の子の日記を見つけた。どうか心ある大人は彼女にコメントでもメールでもいいから何かメッセージを送ってあげてくれないか」という内容の投稿があったんです。

 

当時、僕は借金を抱えていて、とにかく自分が苦しかった。でも、自分が助けて欲しい立場だからこそ、苦しみながらも本当は頑張っている人に、誰かが手を差し伸べる世の中であって欲しいと思っていたんです。じゃあ、自分がやればいいじゃないかと、その女の子に曲を贈りました。

――リアクションはありましたか?

はい。その女の子からお礼の連絡をもらったり、同じようにリストカットに苦しむ人たちから「私のために作られたような曲です」と反響があったりして、こんな僕の拙い曲でも誰かの人生を変えられるかもしれないと、すごく希望をもらいました。

 

それまで、音楽の世界でプロとしてやっていける人は、多くの人に響くようなメッセージを歌って、曲が売れて初めて仕事が成り立つと思っていたので、はなから自分には無理だと諦めていたんです。けれど、一人の心に響く曲を作ることだって、十分価値があることではないかと気づかされましたね。

――それから、すぐに独立を?

いえ、3年間くらいは無償で活動を続けていましたね。仕事をしながら、ボランティアとしてやっていければいいかなと。

――仕事にしようと思われたきっかけは、何だったのでしょうか?

ホームページを制作してくれた後輩が僕のことをすごく応援してくれて、知らないところで「安達充を世に出したい」と各所に掛け合ってくれていたんです。それで、初めて報酬の発生する仕事が動き出したのですが、そこまで応援してくれる人がいるのに、二足のわらじ状態の自分に疑問を持つようになりました。正直、不安定な道よりも安定した生活を望んでいたのですが、応援してくれる人の期待に応えたいという気持ちが後押しになって独立を決めました。

お金を生み出す努力も必要。売り上げは年々右肩上がりをキープ

――お金をどう稼ぐか、特にアーティストを生業にしようとすると戦略の立て方が難しそうです。

そうですね。でも、個人事業主はそれを考えないといけないとは思います。僕は独立してから10年以上経ちますが、どうやって収益を出すか常に考えています。そうじゃないと活動を持続させられないので。ソングレターの活動以外にも、固定費のかからないカラオケボックスでのボイストレーニングを行うなどリスクヘッジも行っています。

――ちなみに、営業されたことはありますか?

ありますね。活動7年目の頃、個人で一番単価が高いところはどこか考えたとき、結婚式ではないかと。バルーンシャワーやウエディングケーキなどの演出に加えて、ソングレターを選択肢のひとつに入れてもらえたら、自然に利用していただけるのではないかと思ったんです。それで、全国の結婚式場に DM を送りました。

――反響はいかがでしたか?

一カ所だけ、実際に導入してもらいました。ただ、採用していただいて気づいたのですが、やはりサービスの目新しさよりも、僕に曲を作ってもらいたいと思ってもらえないと、なかなか依頼されないんだなとやってみて分かりました。この経験もあって、僕という人間を知ってもらうことに注力しようと決めたきっかけになりましたね。

――力の抜きどころがないというか、効率化が難しいお仕事かと思いますが、独立した頃と比べて、売り上げはどれくらい変わりましたか?

初年は年商350万円で、微増ではありますが右肩上がりをキープしています。企業ムービーの曲を受注するようになってから大幅に上がりまして、いまはもう少しで年商1000万円が見えてきています。

ソングレターの価値を再確認させられた、ある女性との出会い

――仕事と通して、やりがいを感じる瞬間はどんなときでしょうか?

誰かの人生に僕しかできない価値を提供できたときです。ひとつ忘れられないエピソードがあります。3人のお子さんがいるシングルマザーの方からソングレターのご依頼をいただいたことがありました。

 

彼女は乳がんを患っていたのですが、歌が好きな方でオリジナルソングを人前で披露したいというお話でした。入退院を繰り返している中、曲を贈ることができて、2回ほど人前で歌うことができたんです。でも、それからしばらく連絡が取れなくなり、どうしたのかと思っていたところお亡くなりになったことを知りました。曲を提供した方が亡くなるというのは、初めての経験だったのでとてもショックでした。

 

でも、いま彼女の友人たちがそのオリジナルソングを合唱してCD化しようというプロジェクトが進行しているんです。そういう曲を作らせてもらえたことは、この仕事をしていて良かったと心から思えたできごとでした。

――音楽は無形ですが、やはり価値あるものだと実感させられるエピソードですね。

究極、音楽ってなくても生きていけるものですが、だから音楽には価値がないかといえば違うと思います。音楽にしかできない価値があるので、それを伝えていくのが自分の使命かなと感じています。

自分を出し惜しみせず、目の前の人に全力で向き合う

――今後、挑戦してみたいことはありますか?

今年活動15周年なのですが、これまでの感謝を込めて、僕宛に無料で手紙を送ってもらい、それをもとに作曲してYouTubeで公開するキャンペーンをやっているんです。僕自身、原点回帰のつもりで取り組んでいます。

 

あと『世界で一番素敵な言葉』という名前をテーマにした曲があるのですが、最近は、大学や小中学校に呼んでいただいて、その曲を通して「名前と自己肯定感」といったテーマで講演する機会が増えてきています。僕はしゃべることも得意なので、その強みを発揮する機会を見つけていけたらいいなと思っています。

――個人事業主の方、これから独立を考えている方にメッセージをお願いします。

個人事業主は、自分自身が商品であり、自分が生み出すものが商品です。ということは、自分の生き方と向き合わざるを得ません。つまり、個人事業主で生きていく=常に自分自身と向き合っていくことかなと。

 

これからフリーランスを目指す人に関しては、目の前の人にいまできることを出し惜しみしないことが一番大事かなと思っています。ちなみに、先ほどお話しした大学時代の後輩が、なぜ僕にそこまで親切にしてくれたのかというと、学生時代に悩み相談を受けていたからです。そのときは、もちろん将来自分を助けてくれるだろうと損得勘定で相談に乗っていたわけではありませんし、何かにつながると考えたこともありません。

――ただ、目の前の人にできることを積み重ねた結果、予想外の機会が巡ってくることもある、と。

そうですね。あのとき、いま目の前の彼に自分は何ができるんだろうと真剣に考えていたからこそ、信頼関係が生まれたのは確かです。楽曲作りはもちろん、そうした経験から、どんなときも出し惜しみせずに、目の前の人に何を提供できるかを考えることが大事だと感じています。

 

Interview
安達充さん
安達充さん

たった一人のために曲を贈るソングレターアーティスト。 代表曲『僕が生まれた時のこと』はYoutubeで400万回再生され書籍化も。現在、活動15周年を記念して【手紙を無料で曲にする】キャンペーン実施中。

https://www.adachi-mitsuru.jp/

Writer Profile
末吉陽子
末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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