
東京・高円寺の美容室「Up to You」。「あなた次第」という名前の店のオーナー、桑原 淳さんは1年2カ月かけて「1000人ヘアカット世界一周の旅」を達成した人物です。
店に入って撮影の準備を始めると、「あっ、髪型が気になる」と言って鏡に向かう。しかし、すぐに「いっか」と踵を返してソファーへ。場の緊張感をほぐす独特の空気をまとった男性の印象です。
そんな彼に、世界一周から店を構えるまでのストーリー、そしてお金に対する考え方と人生観を聞きました。
総予算を計算したら、150万円ぐらいあれば行けるかなって
――そもそも、なぜ「1000人ヘアカット世界一周の旅」に出ようと思ったんですか?
美容師の専門学校を卒業して、東京・青山の美容室で働いていました。山梨県で生まれ育った自分にとって、青山は憧れの街でうれしいわけですよ(笑)。そうしたら、郊外に転勤が決まっちゃった。「なんか違う」と思って店を辞めて、2カ月ぐらい日本縦断の旅に出た。その道中で海外も見てみたいなと思ったんです。
――正直、世界一周ってかなりお金がかかりますよね。美容師さんって、あまり給料が高いイメージはないのですが……。
総予算を計算したら、150万円ぐらいあれば行けるかなって。別の美容室に転職して、当時の手取りは月に20万円ぐらい。そこからハサミなどの道具代は自腹で引かれるので大変でしたが、オール自炊で派手な遊びもせず、3年間必死で貯めました。26歳の誕生日が2014年6月で、どうしてもその前に出発しようと決めていたんです。
旅先でのヘアカット代は、お客さんのお任せで設定
――でも、旅先でヘアカットをすればその料金がもらえるから、多少はラクでしょう。
いえ、実は最初はお金をもらっていなかったんです。でも、プロなのにタダというのは違うなと思い直して、途中からお客さんのお任せでいただくようにしました。金額ですか? 日本円に換算して10円から1万円まで、町や人によってバラバラでした。ただ、この切り替えがなかったら1000人を達成する前にお金が尽きたでしょうね。
――治安が悪い町もあったはずですが、仕事道具を盗まれたりとかは?
気をつけていたせいもあって、まったくなかったです。仕事道具といってもハサミ、バリカン、くし、カットクロス、手鏡、ほうきぐらいですから。
――旅先での思い出を聞かせてください。
うーん、たくさんありすぎて。ネパールで知り合った20代の日本人の男性がビール瓶のふたで作ってくれたアクセサリーは、今でも大事に持っています(写真上)。韓国、東南アジア、インド、ヨーロッパ、アフリカ、南米、中米、北米と回って、最後はタイから帰国しました。計39カ国です。
――記念すべき1000人目はどんな人でしたか?
場所はペルーのクスコで、2歳上ぐらいの日本人女性でしたね。旅の途中で会っているんですが、たまたま再会した記念に「切ってくれ」と言われて。1000人達成後も半年ぐらい旅を続けながら、日本に帰ったらどうしようかなと考えていました。
オープン時は完全に手持ち金ゼロからのスタート
――帰国してからはどうされたのでしょう?
知人からこの店の大家さんを紹介してもらって、すぐにフリーランスとして働き始めました。ブログを見て来るお客さんが多くて、めちゃめちゃ忙しかったです。
――その後、自分の店をオープンしたと。リアル店舗の開業こそ、とんでもない額のお金がかかりそうです。
最初は下北沢で物件を探していたんですが、いい物件がなくて。そんなことを理想の店のコンセプトとともに大家さんに話したら、「面白そうだから、ここでやりなよ」と言ってくれました。開業資金は200万円ぐらいで、内装工事費の60万円はフリーランスで働いた分の貯金で払いました。不動産契約料の80万円が足りなかったんですが、ちょうど、旅行中に続けていたブログ「旅人美容師の1000人ヘアカット世界一周の旅」の書籍化で本の印税が入ったので、ギリギリなんとかなりました。居抜きでシャンプー台といった設備があったのは幸運でしたが、オープン時は完全に手持ち金ゼロからのスタートです(笑)。
――経営は順調ですか?
ここは賃料がそこそこ高いんですが、借金がなくて人も雇っていない。あとは広告を出さないでブログ、SNS、口コミなどでお客さんを呼んでいることで経営が成り立っています。経理は、妻が担当しています。ほかにも、出張カットや講演会、非公開のオンライン情報交換サロンの運営など、店舗だけの収入に頼るのではなく、複数の仕事を組み合わせることを意識しています。髪を切る以外のことで収入の50%を得るのが目標です。
売り上げより自由な時間を稼ぎたい
――美容室の料金設定はどのように決めていますか?
カット6,000円、カラー6,000円、トリートメント2,000円~です。高円寺は一番高い店でもカット5,000円なので、かなり強気な価格ですね。それでも、1日に3万円の収入があって、経費で1万円消えるとして、日給2万円。これで十分なんです。余った時間でいろんなことができる。僕は売り上げより自由な時間を稼ぎたいですね。それは将来の変化のためへの投資でもあります。
――桑原さんの話を聞いていると、選んだ道すべてが良い方向に転がっている気がします。人生をプラスに持っていく秘訣はなんでしょうか?
同業者や企業の社長さんなど、いろんな人と会って話してアイデアを吸収するのが仕事のヒントにつながると思います。「いいな」と思ったら、自分の状況に照らし合わせてアイデアを取り入れてみること。あとは、「違うな」と感じたら思い切って環境を変えてみること。僕の場合は郊外への転勤がすべてのきっかけでしたから。将来的には海外で美容室を開きたいんですよね。
ちなみに、店名の「Up to You(あなた次第)」は旅先で「料金は?」と聞かれたときの答えであり、同時に僕の人生観でもあります。