
熟練の技術でモノづくりをする職人。なかでも、師匠が弟子をとる「徒弟制度」によって脈々と伝統が引き継がれている1つが「庭師」です。現在、夫婦ともに庭師として「庭匠 風玄 東京」を営んでいるのが、深津晋太郎さんと堀内千恵さん。
同じ師匠のもと京都で修業していたときに出会ったお二人は、5年前に独立。東京を中心に活動しています。そんなお二人に、夫婦で同じ職人業であることの大変さや楽しさ、そしてこれからのことについて聞きました。
結婚をきっかけに師匠からの巣立ちを決意
――京都で修業をされていたということですが、独立を決めたきっかけは何だったのでしょうか?
深津さん:やはり結婚しようと決めたことが大きかったですね。二人で庭師として生きていくっていう気持ちが後押ししました。本当は修行を終えたら群馬に帰って、家業の造園業を継ぐはずだったんですけど、廃業してしまったので、二人で独立しようと。今まで自分たちが師匠の元で学んだ技術や経験もいろんな人に見てもらいたいなっていう想いから、大都市の東京を選びました。
都内に師匠の現場があったので、最初はそこを手伝っていました。ただ、あまりそこに長くいすぎてもしょうがない、自分たちで何か造って行かなきゃいけないってことで、少しずつフェードアウトしました。独立という道を選んだからには、いつまでも師匠にお世話になるわけにはいかないですから。
堀内さん:ありがたいことに、現在はこれまで知り合いの方からの紹介でご縁がつながっている、人が人を呼んでくださっている感じです。あとはウェブサイトからお問い合わせをいただくかたちです。4年目に初めてウェブサイトから問い合わせがあってご契約いただきました。実は、その頃、「このまま続けていくのはむずかしいんじゃないか…」と思うほどで。
違うタイプの二人だからこそ刺激になる
――廃業ですか!? それはなぜでしょう?
深津さん:4年目に仕事が途切れた時期があって、気持ち的にも落ち込みました。その頃は、僕がどこか勤めに行った方がいいかなって本気で思いましたから。
堀内さん:「いやいや、私が働きに出た方がいいでしょ」みたいなやり取りをしたことを覚えてますね。
深津さん:お得意さまが多いわけでもないですし、1年間働けるだけの仕事を獲得するのは、なかなか簡単なことではなくて……。そんな話をしているときに、その翌日に問い合わせのメールが来たんです。本当に嘘みたいな話なんですけれどね。
――お互いに職人同士ということで、こだわりや譲れない部分があってぶつかってしまうことはありますか?
深津さん:ありますね(笑)
堀内さん:そもそも私たちは、タイプが違うんです。私は「こうしたらどう?」と思ったことをすぐ口に出してしまうのですが、夫は私よりも修行年数も長くて、いろいろなものを見ているので、「そこはこうでしょ。ここはこうでしょ」っていい意味で否定をしてくれるんです。
「仕事の時間が夫婦の時間」職人のこだわりを分かちあえる幸せ
――夫婦だからこそ忌憚なく意見が言えるという意味では、モノづくりにおいてプラスになりそうですね。
堀内さん:そうですね。ありがたいことに夫は頭が柔らかいので、否定するときもあれば「それいいね、じゃあこういう風に使ってみよう」とリードしてくれるような感じなんです。一人で考えていてもまとまらないようなことも、きちっとまとめてくれます。
深津さん:僕としては、妻の意見を噛み砕こうと思っているんですよね。ただ、「さっき話していたアイデア、あれどうする?」って言っても忘れていることが多いんです(笑)。妻は気が多いので。毎日そんな会話の連続ですけど、僕としては刺激になって面白いです。
――でも、日常と仕事の境目ってないのでは?
堀内さん:境界線はないですね。特に夫は“庭一徹”みたいなところがあるので。でも、お互い何が一番楽しいかって、庭の話をすることなんですよね。気持ちが満たされるというか、庭の話をしているときはケンカもしないですし、想像力が満ちあふれるので一番充実しています。たとえば原宿に買い物に行っても、「あの置物をあの庭のあそこに置いたらいいよね」とか、生活のすべてが庭に紐づいています。
深津さん:日々アイデアが浮かばないと苦しいと思います。一人で考えることも好きなんですけど、せっかく理解してくれる人が側にいるので言葉にしていると、自然と庭の話になる(笑)。
――日常をともにしているからこそのメリットかもしれませんね。
堀内さん:そうですね。周りの人には「24時間一緒にいてよく飽きないね」と言われるのですが、それが当たり前なので。大げさではないですが一緒にやっていることが当たり前で、一人になったらできるかって言われたらできないし、私が思ったことを実現してくれるのは夫なので、やっぱり二人でやれることは幸せだなと思うんです。
――最後に、これからどういう案件を手掛けたいとお考えでしょうか?
深津さん:お客さまの喜ぶ顔が第一で、「風玄さんにやってもらって良かった」っていう声を聞けるとうれしいです。あとは、そういう噂が流れて師匠の耳に入ればいいなと。それが一番の恩返しかなと思っています。
堀内さん:私は病院やホスピスの庭を手掛けたいなと思っています。病気になったときや、自分はもうすぐ死ぬんじゃないかというときに、少しでも痛みや不安が和らぐものを提供できるのが庭であり、庭師という仕事だって信じているんです。そういう人たちの心の癒しになる場所が提供できたらいいなと思っているんですよね。
あとは、夫と同じですがお客さまに喜んで頂ける庭造りをしていきたいです。そして、庭を見に多くの人が集まって情報交換をするような場所として利用していただきたいです。私たちが造った場所に人が集まることで、それぞれが情報だったり気持ちが豊かになったりする、発展的な庭を提供できるように毎日毎日仕事をしていけたらと思っています。